さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

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ヘイトスピーチ根絶へ(続々)

怒りと涙と。たまたま生れた国籍やら民族やらで人を虐げるそんな世の中正しいわけねえだろ!真面目に生きてきたお年寄りに因縁をつけるような差別主義者の愚行は一掃されるべき。

「こんな世界があっていいわけがねー」

you tubeのコメント欄はネトウヨの不快な書き込みを見たくない人は見ないように。でもまともな書き込みもあります。しばき隊のサイトは歌詞も載っていて、画面に迫力がありおすすめ。

The Bridge 反レイシズムRemix ECDILLREME
レシストをしばき隊 OFFICIAL: The Bridge 反レイシズムRemix ECDILLREME (by 義則 石田) ...

写真がすべてを語っているように思えます。新大久保にきた女子に悲しみを強いる人行為は絶対に許せない。
by kamiyam_y | 2013-03-29 03:45 | 民主主義と日本社会

ヘイトスピーチ根絶へ(続)

署名はいったん集約され提出されたそう(26日)で、新聞記事も出てましたね。こうなるとネットだけでなく運動は拡がる。

キャンペーン | ヘイトスピーチ・デモの排除を目指して、新大久保から。 | Change.org
Ustream.tv: ユーザー iwakamiyasumi: IWJ6, IWJ6. 政治

架空の外部の他者をしたてあげ、それに対抗する架空の共同性を信仰する共同体をつくってそのなかで慰安を感じる拝外主義者・差別主義者の病理は、疎外状況を生きる私たち誰もが陥る危険性のある病であると同時に、それを超える普遍的で社会的な人間になろうとする可能性もまた私たち誰もがもっています。

差別されて排除されんとしている人々に自己を見いだし、連帯せんとするのは私たちの普遍的な本性ですが、これが単に弱者保護にとどまると普遍的人間を特殊的共同性に分解する利害の対立から抜けることができないでしょう。私たちはまさに自分の問題として社会的排除、排外主義を考えるのであって、こういってよければ、人間の抽象的な同一性である抽象的な人権を、具体的な人間個人個人の現実の同一性として打ち立てること、自由の実質化(≒人権の実質化、潜在能力の拡張)こそが課題です。

差別主義をどう乗り越えていくのかは私たち一人一人にとって、ますます国際化が進む現代において重要な問題であり、新大久保その他の地域で現れる病理を解消することは、まさにグローバルな、普遍的な、そして自由な個人共通の問題です。この解消をめざす運動そのものも、脱原発運動の延長上にある自由な個人のコミュニティー形成という客観的な、生き生きとした私たちの課題です。

表現の自由という形式的な自由を否定してしまえばそれは国家権力の制御されない行使を許し、政府を批判する自由のような近代社会の前提をくつがえすことになってしまいますが、同時に現実生活において拝外主義的差別が人間的に悪であることは常識的に理解されています。この悪を実質的に超えていくために、制御していくために私たちは創意工夫を集め経験を制度的に蒸留していく必要があります。

署名は継続しているのでまだの方はどうぞ。署名した人も拡散(サイトの紹介)さらによろしく。キャンペーン | ヘイトスピーチ・デモの排除を目指して、新大久保から。 | Change.org
by kamiyam_y | 2013-03-28 00:41 | 民主主義と日本社会

3.24サウンドデモ@札幌 Anti-Nuke Protest In Sapporo

脱原発サウンドデモ@札幌だが、晴れわたる青空のもと賑やかでよかったぜ。(北海道反原発連合のトップページに秋山理央による動画あり)。

何よりも、小さなかわいい子供を連れた家族連れや、おしゃれなイケてる若者たちが、風に流れる音楽隊のリズムのなかで歩いていく姿に新たな社会の息吹を感じ、熱いものがこみあげてきました。

って言っても私は最初だけついていって途中で昼飲みの用があったのでそちらに離脱したんですが。音楽を聴きつつ歩くだけですから参加するハードルは低いです。個人の内的自発性をともなわない組織の指令による動員ではなく、個人個人の内面的な自主的行動によって生まれる緩やかなコミューン、場の共有ですし。

ミュージシャンを中心とする若い人たちの情熱を、中年以降の去りゆく世代は邪魔しないよう、デモの趣旨を理解して、できれば裏で支えるようがんばりたいものです。

次回は4月21日。チラシはこちら(>北海道反原発連合)。
by kamiyam_y | 2013-03-27 05:59 | 民主主義と日本社会

脱原発デモ告知

あと十数時間ですが、見物でも来れる人は。

サウンドデモ札幌3.24
by kamiyam_y | 2013-03-23 17:47 | 経済成長と生活

ヘイトスピーチ根絶へ

住みやすく暮しやすいよき社会をめざす諸個人にとって、差別主義者によるヘイトスピーチは看過してはならない恥であり、世界人民、万国の住民大衆市民に公開し乗り越えるべき負の事態です。コンプレックスと妄想に駆られた他者排撃がネット内にとどまらず、実際の街での狼藉にまで肥大化したとなれば、私たちはこれを放置することはなく、あらゆる手段を試行して徹底的にしばき制圧するほかありません。健全な常識として存在する理性に即してこうした蛮行はまともではない人間による人間に反した行為であり、人間の尊厳を踏みにじる恥ずべき野蛮な行為なのですから、これに対して私たちは自由で豊かな民主社会の自浄能力を自覚的に容赦なく発揮する以外ありません。

署名、拡散を。

キャンペーン | ヘイトスピーチ・デモの排除を目指して、新大久保から。 | Change.org
by kamiyam_y | 2013-03-22 21:24 | 民主主義と日本社会

新大久保:私たち一人一人の尊厳と平和

17日のは終ってしまいましたが、私たちはともに生きる社会的人間であって、「みんな仲間だ」という気持ちを商店で働く人や客、通行人に伝えるプラカード作戦もいいですね。
http://kino-toshiki.tumblr.com/post/44854275843/3-17

プラカードはセブンイレブンで印刷できるみたいだし。自由に好きにつくってももちろんいいし。
http://kino-toshiki.tumblr.com/post/45115749538/3-18

差別主義、レイシズムは私たち個人個人を侵食する社会環境の負の要因であって、これを許さないという意思表示はきわめて重要。
by kamiyam_y | 2013-03-20 05:53 | 民主主義と日本社会

オーケストラ的対象性

そういえば、15日金曜に放送された『スコラ 坂本龍一 音楽の学校(シーズン3)』のなかで、オーケストラにおいて、楽器の位置を変えたらどうなるかという実験があって面白かったです。楽器担当者が自由に自分の位置を決めて立って演奏してみるんですが、これが意外。整然とした通常の配置とはちがう生き生きとした迫力が感じられたのですよ。協業論的自由、人間の共同的本質はその実現形態はいうまでもなく多様であり、オーケストラ的分業という自由のありようも有機的。

組織と人間についてちょっと考えさせられる組織論、ドラッカーのマネジメント論に通じる論点。再放送は20日水曜の夜中。
by kamiyam_y | 2013-03-18 20:12

Andar errante



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Ricoh GR10
by kamiyam_y | 2013-03-16 23:54

地底と碧空

夢です。

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1

車の運転をしている。デパートから出て、東京の都心の地下自動車道に入っていく。

大都会の地下に網目状に張り巡らされた暗いトンネルのなかには、時々人がいる。避けて通り抜けようとすると急に反対方向に歩き出したりするため、横を通るときは、細心の注意が必要。気を抜けない。

2

デパートの屋上にエレベーターで出る。人工スキー場のような白い斜面が拡がっている。

走って降りていく。カーブを描いて降りきって止まる。うしろから安室奈美恵に似た女子が走ってくる。

うれしそうに「お父さんとデートしてるみたい」と言う。

透明のチューブが空に向かって伸びており、なかにエスカーターが通っている。安室を残して、エスカレーターに乗る。隣には研究者のCさんがいて、8時半に空港に行く予定らしい。それまでになにか買物があるようで、家電売場のようなところに行きたいようだ。

3

カフェがあって、彼とともにその扉をくぐる。

先に私はそこを出て、エスカレーターを降りていく。おもちゃ売場の原色の色にかこまれ、車を止めた場所を思い出そうとする。駐車券を見るが不安になる。Cさんを送ることができないか考えるが、車ではかえってまにあわない危険があると判断。

居酒屋の店長のプリペードカードを預かっていて、これも返しにいかなきゃ、と思う。

4

地下鉄の出口を抜けると密集した住宅街。コンクリートの細い川がある。晴れ渡り強い日差しが降ってくる。

スーパーの前の広場のような場所に、人々が自転車に乗って集まっている。インストラクターのような人が合図をし、いっせいに漕ぎはじめると、自転車は地面から離れ、垂直に飛んでいき、人々は青空に向かって走っていく。
by kamiyam_y | 2013-03-10 23:18

マルクスのマネジメント論、ドラッカーのアソシエーション論

また首が痛ぇ。よくわからんだす。

いまさらではあれアマゾンってやはり買いやすいな。今月もずいぶん購入しまして、そのなかから。どれもざっと目を通しただけで精読はしてないですけど。

①園子温『非道に生きる』朝日出版社、2012年。
②豊下楢彦『「尖閣問題」とは何か』岩波書店、2012年。
③重本直利『もしマルクスがドラッカーを読んだら資本主義をどうマネジメントするだろう』かもがわ出版、2012年。

①は原発問題を扱った映画『希望の国』の監督によるもの。田村隆一が選者をしていた雑誌の詩の投稿欄で園さんが常連だったのは私も記憶にあります。飯を食うため三里塚闘争のアジトに入ったらルーティンワークでがっかりしたとか(33頁)、ハリウッド商業映画業界には売れる映画のシナリオ教則本みたいなものがあるとか(87-88頁)、面白いです。

②は、ブログで取りあげている人もけっこういる(こことか)ようなので取りあげるのやめようと思ったのですが、森元総理が日ソ共同宣言を再確認したみたいだし、やっぱりあげておきます。国後・択捉は南千島と呼ばれていたとかまず知っておくべき事実が多く記載されていて有用。なにより「固有の領土」論の愚劣さ、愚かしさ、くだらなさをあらためて考えるいい材料を提供してます。社会的労働の相互依存的諸関連がますます深く有機的に形成されている現代、幻想的な衝突にこだわることは東アジア全人民にとって何の利益もないのです。

③は、ドラッカー経営学をマルクスのアソシエーション論の土俵に導いて新しい社会づくりを語る試み。経営学を制度派的視点から再検討するといってもよさそう。

この本の課題は、マルクスの社会主義、アソシエーションの文脈と結びつけながらドラッカー理論を論じ、そのことによって、新自由主義に対して制度派経営学を対置し「新社会主義」を展望することにあります。「共生と共同を前提とした市民の自発性・主体性を展望」(4頁)する流れにおいてドラッカーを救っています。

著者がドラッカーのマネジメント哲学を10項目にまとめている箇所(コラム2)がとりわけ有益。とくに興味深く感じられたのは「『操作や管理技術を』を上からの支配や統制のために使ってはならない」(97頁)とする「ファシズムの否定」です。

ドラッカーの出発点はそもそもファシズム批判であって、彼の議論のなかに、諸個人の孤立、実質的な承認の不在という物象化された世界をどう乗りこえるのかという問を発見することができましょう。社会的生産過程における諸個人の自由の実現、個性の実現、実質的な相互承認の形成というのがマルクスの社会主義ですから、いかに諸個人に自己実現できる位置づけをあたえるのかというドラッカー的組織論はマルクスの把握する世界の当然内部にあり、批判的に包摂可能。そもそも自由な個人による地球的生産過程の共同管理というマルクスの構想は自由な個人によるマネジメントの有機的体系化の把握ともいえますし。

また著者によれば経営学は「金儲けの学」ではなく「資本主義をマネジメントする」としてとらえられるとのこと。

さしあたり、物象の自己運動(搾取)のための道具として機能するもの(ないしそのように思われているもの)を人間のための道具に転換しようとする意味の逆転という戦略、無意識的発展の意識的発展への転換、資本総体の制御という構想からしても、「資本主義のマネジメント」論は興味深い。マルクスの独自性にこだわればドラッカーとの違いがシビアに浮かびあがるはずですし、マルクス的矛盾論がないため改良主義的ではあるのですが、それよりも指摘すべきは、管理された市場は市場とは正反対のものであり、マネジメントされた資本主義という状態が実現すれば、そこにおいては資本主義を超出した生き生きとした社会的労働そのものという本体をあらわすにちがいないということです。逆にいえば超出点を超えて資本主義は死滅せざるをえないといってもいい。組織運営は社会的労働のモメントですから、その知的手段として組織のありかたの研究もまた社会的労働に包摂されます。
by kamiyam_y | 2013-03-01 22:48 | 企業の力と労働する諸個人