さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

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労働者は痩せ細り、挽肉が肥え太る(補足)

昨日の投稿の補足資料です。

鉄道事故調査:鉄道事故調査報告書


世界の労働者階級のために抜粋してみました。

西日本旅客鉄道株式会社 福知山線塚口駅~尼崎駅間 列車脱線事故

2.5.5 健康状態等
 同社の平成12年から平成17年までの本件運転士の定期健康診断及び医学適性検査の記録には、特段の異常は見られない。

2.5.7.5 運転技量検査の結果
 本件運転士は、……運動技量審査を平成16年9月21日に受けており、合計点については、全受験者53名のうち上り列車で受験した27名の平均が560点のところ、566点(偏差値52)を得ていたが、ブレーキ操作について、平均79点のところ、74点(偏差値44)しか得ていなかった。

2.7.4.9 日勤教育に関する京橋電車区運転士Iの口述
 日勤教育に関して、京橋電車区運転士Iは、次のように口述している。

 日勤教育について、他の乗務員から見える場所で行われ、見せしめのようなことが多く、トイレに行くために席を離れるにも上司の許可が必要であるなど、非常にストレスを感じた。…以下略…

3.6.2 勤務状況等に関する解析
 勤務状況等に関しては、2.5.3 に記述した勤務状況及び2.5.4.1 に記述した本件運転士の事故前1週間の行動等の状況に、本事故の要因となるような状況は認められない。

3.6.3.1 日勤教育
 …前略…
 このため、同社は、一部の運転士にペナルティであると受け取られている日勤教育について、実施日数、実施方法、内容等を見直して、精神論的な教育に偏らず、再教育にふさわしい事故防止に効果的なものとするべきである。

3.6.3.2 運転技術にかんする教育
 …前略…、日勤教育において、……ブレーキ操作等に関する項目は見られないなど、京橋電車区においては実践的な運転技術の教育が不十分であったものと考えられる。

3.14.2 同社の運転士管理方法の本事故への関与に関する解析
 …前略…、インシデント等を報告した運転士にペナルティであると受け取られていることのある日勤教育又は懲戒処分等を行い、その報告を怠った運転士にはより厳しい日勤教育又は懲戒処分等を行うという同社の運転士管理方法が関与した可能性が考えられる。

by kamiyam_y | 2007-06-29 19:55 | 民主主義と日本社会

労働者は痩せ細り、挽肉が肥え太る

原材料が機械を通りぬけて生産物になったら、たいてい重さが減るのがふつう。単純な生産物でしたらね。綿が糸という使用価値にかわるときには屑が出る。ところが、ミートホープ社のばあいは、原料の肉よりも、機械から出てきた挽肉の重量の方が大きかった。

きっと原材料さんが従業員の労働を吸いすぎたため、物理的な量まで増えちゃったんでしょう。

この文字通りの水増し騒動の背景にある圧力は、均質な空間ではない現代。私的生産が社会的生産だというねじれたありようといってもいい。労働が脱社会的な点として行われるため、労働の社会的なつながりが、人間のあずかりしらぬ価値増殖が支配する物の関係になっている。と同時に、労働の連関が人間たちが知っている社会的関係として生みだされている。

しかしこの点を踏まえなくても、人間たちが知っている常識として、私企業に社会的生産が実現しています。

私的事業体の内部が社会から完全に隔離されているように思いこむことは、いまや時代錯誤です。

営利法人の内部がメディアや監督省庁といった公共的な組織に連続しているのはあきらか。私的組織の内部が社会的生産過程の分肢として公共的だから、連続しています。ですから、この分肢を私的財産として囲っている私企業が、よい生産物をウソいつわりなくつくれ、という社会的労働の命令を聞かないふりをしたところで、いいかえれば労働現場の社会的責任を放棄したところで、社会的連関は拡がっており、内部の労働者はすでに労働現場の社会的責任を知っているのです。

だから、彼らは内部告発をする。公益通報をする。これは別に、個々の労働者が社長をきらっていたから腹いせにしたといった個々の動機以前に、彼らが生産組織の社会的責任を知っているからです。生産の社会的性格が社会的責任として認知され、社会的な利益のために内部告発をする能力が労働者に認められているからです。内部告発しか企業不祥事を社会に公開するキッカケがないというのも制約されたありかたではありますが。

最近このミート社の労働者も労働組合を結成しました。

<食肉偽装>ミート社従業員ら、労働組合を結成 | エキサイトニュース

労働組合結成といえば、グッドウィルによって搾取されている派遣労働者ですね。

<グッドウィル>「データ装備費」徴収も保険金支払わず | エキサイトニュース

ピンハネという搾取を告発され、どうやら返還させられることに。

Yahoo!ニュース - 時事通信 - グッドウィル、「データ装備費」返還へ=派遣スタッフから徴収、最大37億円

しかしです。ミクスィ(mixiミクシー)のコミュニティ

[mixi] グッドウィル・ユニオン

を見ると、返還は2年分にすぎず、しかもこの「データ装備費」というのは、「物損があったときの保険料」という名目だったが、《実際には保険料として使われておらず、会社が騙し取っていた不当利得》なのだ、と。

ピンハネといっても不当利得といっても同じ、あらわな泥棒、あらわな搾取ですが、何とも意地汚い搾取ですね。

労働力の売買、労働力の使い方(労働のさせかた、搾取のしかた)をめぐる労使の対立は、人件費削減、労働法制空洞化、格差社会の現在、とてもハッキリしてきたというべきか、総合労働相談コーナーの総合労働相談件数も増大。

厚生労働省:平成18年度個別労働紛争解決制度施行状況

昨年度は94万6012件。労働者の利害が個々の資本と敵対し、労働者の権利意識が昂揚してきたのかな。面白いです。

もう1つ、労働における尊厳を理解することを求めるニュースに触れておきます。触れておくだけですが。

国交省の事故調査委員会の報告書案です。18日の朝日で紹介されてました。

asahi.com:朝日新聞の速報ニュースサイト
関西>ニュース>asahi.com:運転士、日勤教育恐れ、無線に聴き入る? JR脱線事故 - 関西

報告書の「日勤教育」批判が紹介されてます。この事故によって「日勤教育」は世に知られることになったわけですが(さしあたり事故当時の記事→asahi.com: JR西日本の労務管理、刑事責任追及へ 兵庫県警-尼崎・列車脱線事故)、報告書における分析も「日勤教育」の恐怖を事故の背景として指摘しているようです。路線の設計など技術的なシステム、ハードの問題もありますし、運転手の個人的ミスに左右されないような機械装置の発展なども考慮されるべきでしょうから、むろんこの痛ましい事故の原因がこの点だけに求められるべきではないこというまでもなく、報告書はほかの要因も論じています。

この記事の内容からすると、運転手は、直前の駅でオーバーランしてしまった。そこで、彼は、このミスのせいで「日勤教育」を受けることになったらどうしようと不安になり、車掌と輸送指令の交信に気をとられた、あるいは言訳を考えていた。このような可能性がある、という分析結果のようです。

「日勤教育」なるものがもしも単なる懲罰にすぎないものであるとしたら、一般的な言い方になりますが、責任ある安全な事業運営の前提の1つとして考えられるべきことは、脅しと恐怖によって労働家畜を調教することではなく、労働組織がそこで働く人間の人間としての尊厳を承認し、労働する現場で人間が成長する権利を保障する具体的で合理的な教育システムをつくりだすことです。

触れる余裕はありませんが、同日朝日の「過労 崩れる30代」も深刻な記事。月200時間の残業で意識不明の重体になってしまった若者の家族を取材してます。

追記6/29
補足
by kamiyam_y | 2007-06-28 23:58 | 企業の力と労働する諸個人

北海道の賃金不払 成長の原資は不払い労働にある

更新滞ってすみません。毎日訪問してくれてる人を想定して書こうと思うのですが (^^;)。

▽▽▽

マル激トーク・オン・ディマンドで、国民投票法案がとりあげられてました(第325回)。

http://www.videonews.com/asx/marugeki_backnumber_pre/marugeki_325_pre.asx

▽▽▽

 北海道の賃金不払

何度も言うように、泥棒です。盗んだ物を返しておしまいということでいいのでしょうかね。

昨年度の北海道で、所定外労働の割増賃金を不払いにした労基法違反に対して、是正指導を労基署が行った結果、100万円以上の支払いを命じられた企業が、総額8億6千万円、91企業あったのだと。

北海道労働局 記者発表北海道内における賃金不払残業の監督指導結果について

是正指導でおしまいか、という点はさておき、割増賃金を取り戻した労働者は5863人。244万4千人の雇用者数(2002年就業構造基本調査)からすれば、微々たるものじゃないでしょうか。どうみたってこの不払いは氷山の一角でしょ。

もう1つ興味深いのは、100万円以上の是正支払事案も、1000万円以上のそれも、17年度、18年度と飛躍的に増えている点です。

北海道労働局は、18年度の増大について、「景気低迷や競争激化に伴うコスト増加を人件費削減で補おうとする企業が増加したこと、及び、賃金不払残業を許さないという労働者の意識の高まりにより、労働基準監督署に対して企業の監督指導を求めて情報を提供する機会が増えたこと等」を理由としてあげています。

成長の原資は不払い労働にある

不払いが急に増えたというよりも、後者の告発増の方が要因としては大きいと思いますが、これは労働者の当然の権利です。権利からして、搾取は誰の目にも明らか。

権利は矛盾を映し出すカメラであり、労働者の発展を促す武器というべきですね。

損得からいっても、労働者平均15万円は大きい。

あからさまな、つまり法律上も搾取でしかないようなこういう不払いが生じるのも、個々の企業にとって、労働力に対して少なく支払い、労働時間を延長して労働の産物を多く得ようとする衝動が、競争のなかで外部からくる圧力として強制されるからです。

法律上正当な賃金であったとしても、経済の実態としては労働者は必ず自分の取り分以上のものを産出しているのあって、この実態があるからこそ、賃金不払い残業という病理が蔓延するのです。

この実態は、古代の奴隷と比べるとわかります。

土地・道具・原材料など労働に必要な物はすべて主人がもっています。奴隷は、これらをもとにして、奴隷は自分たちが消費する物をつくりだします。それに加えて、奴隷は、主人の分をもつくりだします。

奴隷という労働者は、自分たちの労働能力を維持するための生産物をつくりだし、いいかえると、自分たちが直接消費する生産物をつくりだし、さらにそれを超えて、自分たちが個別に消費しない剰余生産物をつくりだす、というわけです。

資本主義では、労働者が自分たちが消費する生産物よりも多くを生みだしているというこの点は、あいまいになります。貨幣の支配が介在するためです。貨幣が支配することは、労働者が土地やら主人やらと結びついていなくてもよいことであり、労働者が法律上独立していることです。つまり、法律上は搾取はいけません。貨幣の支配は建前として搾取はないというお約束をつくります。このお約束を破る理論はだから一部の人にとってはとても不愉快です。しかし理論は現実の絵ですから、このお約束は現実にも破綻します。

また貨幣の支配は、いったん生産物を企業の生産物として売り、それを貨幣に変えるという流れをとりますから、労働者は自分の働いた分だけを賃金と等価交換しているようにみえます。しかしこの見せかけも破綻します。

労働者の外部で自立しているかのような「利潤」「成長」なるものは、じつは労働者の労働の産物であることが露呈するのです。成長のための人間は、人間のための成長というその中身を実現することによって廃棄されなくてはなりません。

賃金不払現象は、成長が無償の労働による贈り物だいう点も明らかにします。というのは、利潤は企業の拡大と経済の成長に使われますから、賃金不払いによる利潤追求は、まさに成長のための成長を支える成長の原資が労働者たちの無償の労働にある点を公開するのだからです。しかも個々の労働者の孤立した労働ではなく結合した労働が成長の元手なのです。成長は労働者たちの共同の産物です。

成長はみんなのものです。しかしそれがみんなのものになっていない。ミート社の牛挽肉偽装も同じですよね。社会的生産過程の一部なのに私有の内部に隠されていることが問題の大前提なのでした。

前資本主義の生産を規定する経済法則は、生産物を個々の具体的欲求を満たすために消費することです。これに対して、資本主義に息を吹き込む経済法則は、価値増殖のための生産です。貨幣のための貨幣の増大にとらわれた生産として、資本主義という時代は、無償の剰余労働を飛躍的に拡大します。この働きのなかに資本主義の意味もあります。

賃金不払というあからさまな搾取が蔓延するには、それを推進する経済法則が存在しているのであり、この長時間労働への圧力も、「市場原理主義」が自然環境や、人権や、民主主義と衝突するという現代の限界問題の1つとして考えること。それが、現代の全体像をつかむことにつながるんじゃないでしょうか。
by kamiyam_y | 2007-06-25 19:20 | 民主主義と日本社会

Gewalt装置(補)

シビリアン・コントロールの空洞化を危惧しましたが(Gewalt装置)、やっぱり。

自衛と称するGewaltによるこの国民監視、市民監視は、国家の人民抑圧的なGewalt体系が法(人権・国民主権)を突き破っている映像そのものなんじゃないか。

北海道新聞 The Hokkaido Shimbun Press
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/politics/30597.php 
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/politics/30772.php

北海道新聞によれば北海道は「六十三団体・個人(全体の22%)と最多」。栄誉(笑)。

沖縄タイムスホームページ
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200706071300_01.html
琉球新報~沖縄の最新ローカルニュース
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-24409-storytopic-1.html

沖縄弁護士会も監視対象。憲法の原理と国家権力の転倒的本質とは対立しています。
by kamiyam_y | 2007-06-07 23:04 | 民主主義と日本社会

公共的所得移転

OECD編著『図表でみる世界の社会問題』(高木郁朗監訳・麻生裕子訳、明石書店、2006年)をめくっていたら、興味深い表を発見。「政府による給付と税制は市場所得の不平等を実質的に縮小させる」というタイトルをつけられた表です(63頁)。

http://Dx.doi.org/10.1787/882478826430

概観できるのは、世帯の市場所得Market incomeの分布が、一般政府移転General government transfersと税Taxeによって、不平等を是正する形で再分配されていく様子。

解説(62頁)では、「ノルウェー、オーストラリア、デンマーク、イギリスではもっとも貧しい3つの分位に行く公共移転の比率がもっとも高い国々として目立っており、逆に日本とイタリアはその比率がもっとも低い国となっている」とあります。

日本は弱者に冷たい社会なのか、という一般的な問題提起はしませんけど、やっぱりという気はしますね。英米流のグローバリゼーションなどとアメリカといっしょにされるイギリスですが、この点ではアメリカとはちょっと違うみたい。

資本主義システムでは、他人の労働力を買ってその社会的結合を私物化することが運動原理であり、そこに群がって莫大な利益を手にする人々と、労働力を売って生活物資を買ったらまた売ってという反復のなかに生きる大多数の労働者との分裂があります。

それだけではなく、労働者もかならず現役労働者と失業・半失業(相対的過剰人口)に分割されますから、不平等、差別がシステム自身の内部にくみこまれています。

質的な格差がくみこまれていますから、流行の言葉でいう「格差」はなくならない。差別とは生産の編成です。差別を正当にみせる観念が発生するのも、差別が労働の社会的編成にあるからです。封建制では血や土地にもとづく差別が生産の編成を媒介しており、この差別は疑われることもなかったのでした。現代において血統や出生地による職業割り当て(差別)は不当ですが、システム(生産の編成)に内在的といってもよい経済上の差別は理解が分裂します。

一方では、差別の擁護が発生する。1つは、ストレートな擁護。資本主義である以上なくせない差別に対しては、それを個人の自由の結果として描き出したり、人間の本質にみあった制度とみなしたり、差別こそは全体の利益だと主張したりする一面的な抽象です。これも、システムを包もうとするベールとして自然発生するわけです。

もう1つは、差別はないとする差別隠しの擁護の声です。現代は、封建制を倒して生まれた商品交換社会として、売買を理想化します。人間の自由という近代の理想は売る自由を実態とし、平等とは人間の等価交換(人間の交換可能性)といってもよい。平等も封建社会を倒した資本主義の過去の栄光として美化されます。

平等が社会的な要求になることに配慮した擁護がここから生まれます。平等という理想を実現するのが資本主義だとする表象が発生します。資本主義的成長こそが平等を実現するのだ、「格差是正」の実現なのだ、という「平等」をタテマエにした逆の体制御用論議がもちだされたりもするわけです。

確かに成長は資本主義の仕事です。生産力の発展は個人の発展の土台ですから。しかし資本主義は自己否定的であって、生産力の社会的発展は、環境破壊に端的に示されているように、共同制御なき生産力の闇雲な開発ですから、それゆえに、グローバルな管理の発展をも、その内面的な契機として要求していくことになります。成長と平等の両立を願う擁護論は、実際には、成長の管理をテーマとしており、資本主義にたいする根源的批判に反転します。

他方では、法的差別だけではなく、自由の社会的実現をもとめて経済上の差別を批判する要請も定着します。自由な個人の権利から、「格差」批判が生まれます。また格差自体が社会的諸条件の悪化により適切な労働力の生産と配分を妨げる要因になりますから、これを是正しなければならないのは共同社会の利益(社会的生産編成の問題)です。

資本という生産にとって労働力の正常な供給が重要な前提条件になりますから、資本主義の限界のなかでですが、「格差」是正のための共同的装置もまた資本主義自身の姿形として発展せざるをえません。超格差社会といわれるアメリカだって市場所得の是正装置(福祉国家的装置)が程度は別としても作動しています。

アメリカでこそ国家による経済的管理が発展したのであり、だからこそこれに反対する流れとイデオロギーが存在する。「国防以外政府がやることのほとんどすべての活動を忌み嫌うイデオロギー」とは、環境破壊・戦争・富裕層優遇に突っ走るブッシュ政権を批判する経済学者ポール・クルーグマンの言葉ですが(『嘘つき大統領のデタラメ経済』早川書房、三上義一訳、2004年、221頁)、このイデオロギーに沿った是正装置の解体が意味するのは、なによりも第1に大衆から特権的一部分への富の移転を強化することにほかなならず、国際競争を理由にこれから日本企業が本格化させようとしている労働法制の空洞化だって、こうした流れの1つです。べつに褒めているわけでも貶しているわけでもなく、資本主義は過激で破壊的です。その点にのみ存在意義があるとすらいっていいくらいに。
by kamiyam_y | 2007-06-02 22:24 | 資本主義System(資本論)