さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

自己の時間の他人の時間化(3) イノベーション

▽ けさ衆議院予算委員会で質問にたった自民党の中川昭一議員が「イノベーション」に関して「シュンペーター教授」と何度もくりかえしてました。

シュンペーターといえば、アマゾンの『資本主義・社会主義・民主主義』(中山伊知郎・東畑精一訳、東洋経済新報社)の「商品の説明」に

「資本主義文明は、その驚くべき発展ゆえに内部に敵対的雰囲気を生み出し、他の体制に席を譲らざるをえない、という逆説。碩学シュムペーターの遺した壮大な文明論的展望」

とある通り(Amazon.co.jp: 資本主義・社会主義・民主主義 上巻 (1))、資本主義は発展ゆえに没落するという趣旨のテーゼが有名です。

この著作は、20世紀前半のウィーンの世界文化・社会主義運動の香りがします。ここでのシュンペーターはほとんどオーストリア・マルクス主義です。

「資本主義的企業は、ほかならぬ自らの業績によって進歩を自動化せしめる傾きをもつから、それは自分自身を余計なものたらしめる……傾向をもつとわれわれは結論する。完全に官庁化された巨大な産業単位は中小企業を追い出し、その所有者を『収奪』するのみならず、階級としてのブルジョアジーをも収奪するにいたる」(同上訳書、第2部第12章)。

ここで思い浮かべるべきは『資本論』第1部第24章第7節における資本主義の歴史的傾向、個人的所有の否定の否定の記述です。

資本蓄積は労働する諸個人から社会的生産を分離するにとどまらず、資本の「内在的諸法則」「集中」によって資本家から社会的生産を剥奪していきますが、この展開は、マルクスにおいては株式会社における「所有と機能の分離」論・「資本家の不要化」論として第3部で再論議されます。

シュンペーターの「企業者職能の無能化」は、例えばケインズの「自由放任の終焉」(『ケインズ説得評論集』救仁郷繁訳、ぺりかん社や『全集』)における「共同出資会社」における「管理経営者」と「株主」の分離の議論などとともに、マルクスの《資本家の疎外》《あらゆる諸個人の生産手段からの疎外》という把握に包摂されるはずです。

中川が社会主義者「シュンペーター教授」の名前を権威として何度ももちだすたびに、安倍が頷いていたのが、笑える図式でした。現代はほんと面白い。

なお、シュンペーターがマルクスをどう評価していたか、はこんなかんじ。↓
1/8 Today シュンペーター没 (1950)

▽ ついでに安倍といえば、『月刊現代』11月号が本屋で随分売れてました。保坂正康「『安倍史観』の無恥と傲慢」でしょうね、きっと。
by kamiyam_y | 2006-10-05 17:02 | 資本主義System(資本論)