さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

勉強のフェティシズム 物神崇拝としての労働力育成

▽ 残り6分というところで、敗北のドラマを見せてくれました。連続3失点。世界には願望ではコントロールできない部分があることを教えてくれます。少年院で力石に打ちのめされたジョーみたい??カイザースラウテルンで青いユニフォーム着た方も、新宿のスポーツバーで飲んでた方も、オーストラリアサポーターと国際交流、盛り上げてお疲れ様です。

周りを見るかぎり、サッカーに詳しい人ほど楽しそうというか。メディアが期待値あげすぎなんじゃないのかな。

▽ 平野喜一郎編『はじめて学ぶ経済学』(大月書店)ながめてたら、平野喜一郎が映画をつまみにして語っている箇所に少しですけど感心。アクターズ・スタジオでコッポラが映画青年に『資本論』を薦めているとか(21-22頁)、チャップリンの作品系列が『資本論』のシステムを追っているとか(216頁)、アメリカのアクション物で企業が悪役になっている場合が多いとか(217頁)。

私がみた範囲でも、たとえば、M:I-2(2000年)では、たしかに、殺人ウィルス「キメラ」を撒こうとしている製薬会社が悪役だったと記憶します。ウィルスを撒けば、それに対する解毒剤を販売し、株価上昇で儲けるやつがいる、というわけです。資本主義のマッチポンプエコノミーそのもの。ちなみに『ぴあシネマクラブ外国映画編2005-2006年版』ではこの作品、ハラハラドキドキ興奮しますマークがついていますが、私にはハラハラドキドキという記憶はありません。ビールしか思い出せない(笑)。

ところで、株価の不正な操作といえば、村上容疑者、逮捕前になぜか東京証券取引所で会見を開いて「聞いちゃったかと言われれば聞いちゃった」とさわやかに謝罪演技してましたね。私たちはこういう事件をみて、金をおがむ物神崇拝に容易に気づきます。

しかし物神崇拝って、資本主義システムのなかで貨幣を介して生きる私たちすべてが日々逃れられずに陥っているもの。拝金主義を自分の外だと思って批判したら、中にあることにも気づきましょう。

ちょっと思い浮かべるだけでも、「あんた勉強しないと、ニートになっちゃうよ」と子供を脅かして勉強させようとする親の振舞とか。学問内容とは関わりなく非学問的な動機で勉強させ、差別感情を利用して勉強させるこういう脅しは、社会的労働のなかで人は自己実現する、という真理を背景にしつつも、それを歪んだ形で表しています。この歪みこそ、物神崇拝です。

勉強しない→労働力を売れない→カネが得られない、という連想を用いたこの脅しにおいて、子供は労働力を売る未来の販売人であり、労働力というモノがお金をもたらすモノとして崇拝されています。このお金は資本がもたらすのですから、私たちは、積極的に自分を資本というモノが動くための付属物にしていかねば生きていけない、ということをこういう説教の中で認めています。

とはいえ、「あんた何で百姓の子が勉強なんてしてんの、お代官様に罰せられるだよ」と親が子供を脅す社会よりは、このような資本の増殖に動かされる社会の方が、個人が自立していて生産も発展して、進歩的です。なにより、私たちは自分がモノになるこの逆立ちをつうじてしか、この逆立ちを超える通路を発見することはできないはず。

「あんた勉強しないと、ニートになっちゃうよ」という脅しは、個人の品位の問題として現れるとはいえ、深層においては、それは生産関係が物象化して、競争が人々を自らの強制法則のなかに押し込めていることを、その本体としています。

▽ 共謀罪法案の撤回を求める杉浦法相申し入れについて 越境組織犯罪に限定した対処をはるかに超える法案であり、憲法的自由と刑法の原則(罪刑法定主義・行為主義)を覆して権力に対する規制を弛める法案ですから、当然撤回すべき。

▽  livedoor ニュース - 7人に1人が児童労働に従事 危険有害業務に携わる子供は26%減少ということで改善されてますが、地域のバラツキが大きいですね。
by kamiyam_y | 2006-06-13 21:34 | 資本主義System(資本論)