さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

『資本論』の時代が始まった

あけましておめでとうございます。
年末年始の廃人生活から抜けましたか、皆さん。と書こうと思って変換したら「俳人」と出てきた。
今年は俳人になろうかな。全然思ってないですけど。
本年もよろしくお願いいたします。

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新宿区 SIGMA DP2
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『資本論』の2018年がやってきた:150周年へのメモ

第1部初版刊行からの150年は、『資本論』として自己を表出した現代社会システムが、『資本論』こそが現代社会システムの根底からの自己認識なのだということを明白にするくらいに、自己を成熟させるための回り道であった。

『資本論』が書かれているとき、ビルマルクのアメとムチによる労働者階級に対する支配は近づいていたとはいえ、福祉国家を自称する資本主義国家が労働者階級を一国主義や大国主義に吸収しようとする現実はまだ訪れていなかった。

国家間の帝国主義戦争も、遅れた資本主義の地域から自称社会主義国家が生まれ、崩壊した20世紀の経験も、そこには反映されていない。

しかし、それを書いた個人の手を離れ、『資本論』は不死鳥のようにその生命力を発揮している。

「社会主義」と資本主義という体制が対抗しているとする体制間競争の幻想が消滅した現在、『資本論』がつかむ世界は、不透明なベールを脱ぎ捨てた。資本主義の外部の問題としてごまかされていた諸問題は、資本主義の内部の問題であることを鮮明に見せている。

パクス・アメリカーナの崩壊、冷戦の崩壊は、世界市場としての資本主義による無政府的な人類の統合を推し進め、その無政府性の限界を超えようとする国際社会を形成した。環境も労働も人権も、情報公開も国際的な取組の課題として自覚されているのが新世紀の現代である。

『資本論』が現代社会システムの自己認識として最高のものであること、この秘密は、中期マルクスによる『資本論』の草稿の作成が、若き日の経済学ノートに対する詳細なレビューにほかならないことにある。このノート類を作成した1844年パリ時代の『経済学・哲学草稿』はすでに現代社会システムの原理を労働の自己対立として把握している。『経哲』を葬ろうとするあらゆる学術上の試みは、廣松であろうと、廣松批判のポーズをとるものであろうと、反動である。

by kamiyam_y | 2018-01-09 23:10 | 資本主義System(資本論)