さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

成熟する資本のシステムと脱資本主義性

21世紀理論研究会編『資本主義はどこまできたか 脱資本主義性と国際公共性』日本経済評論社

という共著を出しました。「成熟する資本のシステムと脱資本主義性」というタイトルで序章を書いてます。

「存在する矛盾」を社会システム総体の運動原理として承認する点に、マルクスの「現実的=批判的」な現代認識の決定的な特質がある。これを承認することが、社会科学の基礎づけにおける困難を解きほぐす選択肢を発見することになる。この点を序章では論じています。

主張には、いくつかの柱があります。

第1に、アンチ・グローバリゼーション論のもつ正当な批判の意図を汲みつつ、グローバリゼーションをはじめとする資本主義の最前線の成果のうちに創出されている資本主義の到達点を確認することです。資本主義の発展の頂点が、資本主義自身に内在する資本主義の自己超出をもたらすことといったら哲学的にきこえましょうが、極めてリアルなつかみかたです。資本主義のなかに生まれている自由な人間社会を顕在化することだけが、高次の安定への移行であり、いってみればまあ「革命」の意味です。

第2に、一見精緻な構造分析よりも資本主義の過渡期性を論じることです。資本主義のダイナミズムそのものを、資本主義の歴史的役割の遂行として認めることが展望を与えます。

単なる市場主義が、資本主義の対立面をまったく覆い隠す役割を果たすとしたら、市場お任せ主義を批判する議論はより高度の議論です。しかし、独占資本による支配という図式を理論の前提におくとすれば、労働者は中小企業とともに絶えず支配の客体にとどまり出口がありません。資本は他者であり、労働者はつねに被害者という議論は、資本のなかに蓄積する労働する諸個人の普遍性(自己)を見失い、資本主義における民主主義的制御の発展を過小評価します(あるいは永遠の改良を説く悲観主義に陥ります)。

物象化されたシステムによる管理の高度化を説く社会的警鐘も、資本主義を人格的対立やら階級対立に解消する議論よりはましですが、資本主義の到達点を理論のうちに統一しません。

資本に対する文化の多元性を対置する議論も、アメリカン・グローバリゼーションに対する根底的な批判にはなりえず、現実的な対置はできないはずです。資本の展開に対して、批判的実践が、大企業化や国際化を避けるべきものとしてとらえるならば、地球規模での制御という課題に本気で取り組むことができないでしょう。

第3に、現代の最前線を資本主義の自己否定性の最前線ととらえることにおいて、19世紀のマルクスは21世紀に連続しているととらえることです。資本主義の生命性が媒介されるありようを、労働する諸個人に即してつかむ資本論の理論的尺度は、現在においてこそ生きています。

「自由な人間社会」の諸条件を資本主義の矛盾論的展開のうちに冷静に分析することが、マルクスの方法的態度がもたらすすぐれた学問的寄与である。そうだとしますと、現代の諸現象のうち、どこに着目すればいいのか、という対象選択をする基準は、資本主義の理論的理解のうちに存在します。現代の諸事実をすべて集めてから分析したら理論になったり、方向性が見えてきたりするわけではありません。資本論の矛盾論的把握が対象を批判的に選択します。ここに理論の批判的機能の重要な意義があります。

矛盾論的把握は、労働する諸個人の自由な社会形成(「人権」)と、資本に力として疎外されて形成される社会的生産(諸個人の客体の自立化である「資本」)とが対抗する点に「現代」の「現代」たるゆえん、過去からの不断の発展をみます。

この対抗軸の展開として、すぐれて「現代」である現象は、わたしたちにとって「常識」的にも重要な現代的課題であり、この現象において理論は実践に接続しています。

こうした「現代」として、現代所有現象、信用と利子生み資本の現代的展開、現代消費社会、情報化、グローバリゼーションなどの諸現象のうちに、生きた矛盾を把握することが、現実的かつ批判的、革命的かつ現状維持的な、マルクスの経済学批判といっていいでしょう。

こうした「現代」を総括する決定的な場面としてつかまなければならないのが、「持続可能性」という合い言葉に表される問題群です。

社会的生産の姿として発展した世界市場は、高度な産業を連結し、私たちの「第2の自然」です。この第2の自然に対する国際主義的な、総合的制御の試みのうちに資本主義の頂点の問題が剥き出しとなっています。社会的生産過程を制御できるかという点に、資本主義が資本主義にとどまりえない資本主義の限界問題が露出しているのです。

人権・労働・環境という問題群は、資本が、私たちの社会的生産・共同環境の自立化が、それ自身の諸前提・諸条件と衝突し、制御すべき社会的生産として露出しています。民主主義・経済・自然という問題場面において成長主義の負の遺産を解消する要求として、社会的生産を真の社会的生産にすべき要求として、資本主義の自己否定性が現象しています。

「国際公共性」とはまさにこの「限界問題」を自覚させる対決点をさしています。

3点ほど、私の章の主張を整理してみました。
本書は全体として、現代を乗り越えようとする実践的かつ学問的な選択肢を提出し、資本主義の21世紀の到達点のうちに、真の対決点を見いだす構えで書かれています。
私の章はかなり難解な叙述と受け取られるかもしれませんが、他の章は、労働、金融、国際化、地域などより個別的な展開に絞って書かれています。
by kamiyam_y | 2005-08-08 19:56 | 資本主義System(資本論)