さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

Beyond discrimination

前世紀の終りになっても(95年)「法律婚重視主義」による合憲という判例が出ていたという遅れぶりにあらためて驚かされましたよ。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130905k0000m070155000c2.html
http://mainichi.jp/select/news/20130904k0000e040250000c.html

個人の人権を徹底することが社会を自覚的に変革する原理でありますが、しかし近代的人権自体は古い生産共同体の解体によって成立した関係であって、直接には生産から疎遠なものとして、自己の根拠から遊離して現れています。

そしてそのことによって逆説的ではありますけど、他方での資本(疎遠な社会的実体)における社会的生産の集中と発展がもたらされます。人は共同体を失い、生産手段を失うがこれが資本主義の起点。「二重の意味で自由な労働者」の存在が資本主義の重要な前提でした。

ゆえに、社会的生産の現実的発展を基礎として、人権を生産から疎遠であることにとどめずに、その疎遠さを止揚していくこと、労働する諸個人の人権を基盤として人権を発展させていくことが変革の方向性となるはずです。企業の人権なるものに対する諸個人の人権ですね。諸個人の上に立って疎遠な全体性が主体化することを批判する「個人の尊重」。個人に根ざさない共同ではなく、個人の自覚を介して成立する協同をそれは組織化していき発展していきます。

「個人の尊重」という合意は、個人に疎遠な共同的原理の全体主義的主張の絶えざる繰り返しをは批判しつづける力であって、諸個人の人権が、古い共同体的束縛の残存に対してもその解体原理として作動しています。

近代的世界は、血縁・地縁等生れながらの諸関係によって人間が共同体の労働分肢としてはめこまれている局限された世界を解体して現れ、個人の人権が社会関係の原理として承認されているこの世界は当然のことながら生れによる差別を認めてはいません。しかし、こうした差別の再生産を超えていくのも、実際には人権の具体的実現の過程においてであって、人権は、労働する諸個人の人権の発展を軸として実現していきます。

http://www.nikkei.com/article/DGXNZO59315010V00C13A9EA2000/

国連から是正勧告を受けていた婚外子差別がようやく違憲とされ、「個人の尊重」を体制的理念とすべき先進諸国としては一歩前進。日経の上記記事の「家族を巡る各国制度の比較」を見ると、政治的解放の共和国としてフランスが「自由」の最先端を切り開いているのが興味深く、日本の遅れた位置を再確認させられます。

「個人の尊厳」への敵対の最たるものの1つはレイシズム。日弁連の会長声明を見ておきましょう。

http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2013/130524_4.html

人種的憎悪を煽り立てる言動に反対する会長声明

近時、東京・新大久保及び大阪・鶴橋などにおいて、排外主義的主張を標榜する団体による、在日外国人の排斥等を主張するデモ活動が活発化している。

当該デモにおいては、「殺せ、殺せ朝鮮人」、「良い韓国人も悪い韓国人もみんな殺せ」、「ガス室に朝鮮人、韓国人を叩き込め」、「鶴橋大虐殺を実行しますよ」など、人の生命・身体に対する直接の加害行為を扇動したり、特定の民族的集団に対する憎悪を煽り立てたりする言動が繰り返されている。

上記デモへの参加者による、人の生命・身体に対する直接の加害行為を扇動する言動は、朝鮮半島にルーツを持つ在日コリアンの人々を畏怖させ、憲法13条が保障する個人の尊厳や人格権を根本から傷つけるものである。

また、人種的憎悪や民族差別を煽り立てる言動については、日本が批准する国際人権(自由権)規約の⒛条2項が差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道を法律で禁止することを締約国に求めており、また、日本が加入した人種差別撤廃条約の2条1項(d)は、立法を含む全ての適当な方法により、いかなる個人、集団又は組織による人種差別についても禁止し、終了させることを、締約国の義務としている。このことから見ても、人種的憎悪や民族差別を煽り立てる言動をなくすことに、今、日本社会は真剣に取り組むべきである。〔以下略〕


国際人権規約と差別撤廃条約という地球規模での合意からしてもレイシズム撲滅は重要な課題。

新大久保で起きていることの概観は、以下のカウンターのサイトが参考になります。

beyond-the-racism
People's Front of Anti Racism

特に後者のパークスとラスティンの解説が合衆国の偉大な「公民権運動」の理解に役立ちます。

反ヘイトスピーチの運動を巻き起す「原動力」が高校生ら若者の怒りにあったことを毎日が記事にしてました。

http://mainichi.jp/select/news/20130826ddm041040115000c.html

デマを拡散し暴力を振るう現在のレイシストは、関東大震災時の外国人虐殺の再現。関東大震災のときにはデマに踊らされた人々が朝鮮人・中国人の虐殺に走りました。この1923年の事件を一日ごとに再記録する、反レイシズム知らせ隊の次の試みは多くの教訓を提供しています。

http://tokyo1923-2013.blogspot.jp/

90年前のこの事件を振り返る東京新聞の記事。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20130831/CK2013083102000117.html

サラ・パレツキーの『ミッドナイト・ララバイ(山本やよい訳、早川書房、原題"HARDBALL"というミステリがあるんですけど、66年のキング牧師を指導者とするシカゴのデモを素材としていて、最初の謝辞に、このデモに対してなされた差別主義的反動について触れています。「想像もできないほど下劣なスローガンを書いたプラカード」「瓶や石を投げ、憎悪の言葉を吐き散らした人々」(6頁)って今の日本のレイシストそのもの。ザイトクじゃん。さっさと土に帰れや。

63年のワシントン大行進のときのボブ・ディランとジョーン・バエズを見つけました。巨大な歴史的運動のなかでは音楽が人々を励ます。

http://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Template:POTD/2011-08-28&oldid=446521292

こちらはYouTube。ディランが"When The Ship Comes In" と "Only a Pawn in Their Game"を歌ってます。最初の方ではバエズが途中から援護。

http://www.youtube.com/watch?v=nRffIeHPlRw

後者のはじめに名前が出てくるMedgar Eversは、暗殺された公民権運動家。

バエズの"We shall overcome"は泣けます。

http://www.magictrain.biz/wp/?p=12813
by kamiyam_y | 2013-09-09 22:36 | 民主主義と日本社会