さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

Respect for Diversity and Individuality : Universal Human Rights

BiSHのニューシングル"プロミスザスター”のCDを予約してあるのですが、すでに2日にMVが公開されたので聴いてしまいました。歌詞を読みつつ何度か真剣に観ました。「楽器を持たないパンクバンド」BiSHとしてはやや大人しめと最初思ったんですけど、実はオーソドックスで物語性に満ちていて、完成度が高く、聴き込むほどに魂を激しく揺さぶられます。大画面で暗い部屋で見るのがおすすめ(たいていの曲はおそらくそうかもしれませんけど)。中年も学生も老年も泣かせる場をつくりだせているアイドルシーンに人類の大進歩を感じます。何度聴いても涙こぼれそうになります。

付け加えておくと、同じWACKの新旧のBiS(Brand-new idol Society)もギャンパレ(GANG PARADE)もむちゃくちゃ好きです。

他にここ数日間よく聴いていたのは、水曜日のカンパネラWednesday Campanella の新アルバム"SUPERMAN"です。歴史上の英雄や神をタイトルにした曲は、「しつこい汚れやさびも」「モンプチカルカン」「脇の下サラサラ」「江古田」といった私たちのなじんた消費資本主義、都市資本主義の日常の言葉の用いて構成されていて面白い。ありふれた世界こそがスーパーマン的なものに結晶しながらそれを分解するとでもいえましょうか。とりわけ気に入ったのは、"Genghis Khan"で、「締めにうどん食う」には心が和みます。"SUPERMAN"については次の記事。「一休さん」のMVの解説があります。私はこのMVをこれまでぼーっと観ていたため、この解説を読んでからもう一度鑑賞しなおしました。

01:29あたり壁に「快速豊胸」というチラシが二枚。危険そう。

このアルバムではないのですが、「桃太郎」という曲があり、半年前に夢に出てきました。「きびだん、きびきびだ~ん」というフレーズを口ずさんでいると、まわりにいる人たちが怪訝な顔で私を見ます。メロディーがおかしいかなと不安になったら目が覚めました。ニューアルバムも聴きこめば夢に歌詞が再現されるのでしょうか。期待。

こちらはコムアイのインタビュー。「桃太郎」についても語っています。

「次の時代」は「多様性」。「白一色」でなく「多様性」。コムアイに手錠で歌わせるのが戦争であり、完成したファシズム。「多様性」は戦争と全体主義をその最大の敵として批判するのです。

1月27日の『毎日新聞』の「余録」で、自由の女神の台座に刻まれたエマ・ラザルスの詩が取り上げられていました。これこそは生まれた土地に拒まれ絆を失い苦悩する諸個人individualsを受け入れる普遍的な「自由の国」アメリカの偉大な世界精神というべき。「多様性」diversityを否定しようとする矮小で不寛容、排他的なアメリカは、アメリカとしてその精神を表した人類にとって自身を否定する苦痛であり、破壊にほかなりません。

アップルのクックも、フェイスブックのザッカーバーグも、友や家族の心を引き裂き、愛を引き裂く大統領令を批判しました。個人の尊厳、人権を守るというグローバル企業の社会的責任からしても、諸個人のグローバルな出会いと陶冶、多様性の尊重が経済のグローバルな成長に、世界的生産発展に不可欠であることからしても、先進的な企業のあるべきリーダーは、自国の大統領の恣意よりも普遍的universalな正義を遵守しなければなりません。人権human rightsは権力に優位します。

国益主義、自国第一主義は何よりも平和的生存権にとっての最大の脅威です。3月5日の『毎日新聞』「時代の風」欄で「歴史に学ぶ姿勢のない」「自国中心主義者」が「自国中心主義が20世紀前半の世界でどれだけの人命をあやめたか」知らないと藻谷浩介氏が述べていますが、まさにその通りだと思います。

「権威主義」「排外主義」「安直な保守」は「社会を自壊」に導くのであり、保守ではない、「消去法」で「リベラル」を選択するというこの小文の最後の箇所については、この文章の大筋は賛同するので触れなくてもいいかなとも思うのですが、敢えて言っておけば、この論理は保守として自分を規定する人まで説得する論理ではありますが、積極的な展望のない不満な選択の永久化のようで、物足りない感じを受けます。保守に徹すればリベラルに転化するというように単純に対立する二項はそれぞれ徹すれば止揚されます。保守の立場に立ちながらリベラルに徹することも可能ですし、リベラルの顔をしながら内実は反動でしかない知識人もよくいます。現代システムの展開は対立項の相互浸透を鍛えあげ、単純な対立を現実はすでに超えているともいえます。とはいえ、重要なのは、それだけではなく、現代システムにおける基本的対立の止揚が、実態的な国家主義に対する追認ではなく、自由な個人のもとに実態を否定的に包摂することでなければならないということです。この点を踏まえ、自由主義Liberalismを個人を原点とする現代の社会原理とすれば、まさにそれは「消去法」で選ぶような「安直な保守」の否定にとどまらず、社会形成の積極的な力として構築していき、内容を豊かにしていくべきものでなければならないでしょう。

リアーナRihannaも早速"an immoral pig"と呼び、侮蔑と嫌悪を適切に表現していました。

"プロミスザスター"のMVにも「豚野郎」って看板が出てきたな。

マドンナの"Fuck You"に感動したと前回書きましたが、リリー・アレンにはタイトルがずばり"Fuck You"という曲があります。偏見にとらわれた差別主義者を軽蔑する内容です。

サウンド的にはこちらのほうが好きですけど。3:02に出てくるステージ背景のバルーンをよく見てください。

"LILY ALLEN HAS A BAGGY PUSSY"ですね。

文学に関心のある方は、次の『日経新聞』の記事を参考にして、「マイノリティ」に焦点を当てた作品を読むといいかも。

トランプを批判する自由で開明的なアメリカの裏面に浸食していたトランプを生み出すアメリカの方は日本では見えてきません。伝統的に民主党が支持されていたにもかかわらずトランプの支持基盤に転換した工業地帯、ラスト・ベルトRust Beltに入り込んだルポはゆえに貴重で、興味深い。

Rust Belt(錆びた地帯)はかつて、鉄と自動車の生産を軸とする資本が、労働組合と協調し、高卒のブルーカラー労働者に住宅をはじめとする生活手段を保障してきた地帯。世界経済におけるアメリカの圧倒的な力を土台にしたパクス・アメリカーナと、労働者階級の消費拡大を資本蓄積に取り込むフォーディズムとが崩壊し、この地帯を容赦なく資本主義的蓄積の一般的法則(資本蓄積は貧困の蓄積)が作用しているというのが抑えておくべき文脈でしょう。

この本には、オバマが好きだが今回はトランプにという人も登場します(94-95頁)。こういう人がトランプに期待するものとトランプ政治の現実は一致しないでしょう。金権政治批判という正しい感性も、トランプ旋風のなかの反エリート主義においては反知性主義に吸収され、形成されるべき変革への期待も破壊への渇望という堕落形態に落ち、労働者の統一性は、政治的圏域のなかで、反エリート、反エスタブリッシュメントの非合理でヒステリックな激情と脱真実post truthの反文明的な言説をまとって、排外主義という反動的で非現実的、非人間的な偽の統一性に解体して現れています。著者が言うようにヒラリーの方が貧困問題解決に積極的であり、トランプがブルーカラー労働者の味方とは考えられません(116頁)。民主主義国家の統一性にふさわしくない野蛮で堕落した下劣な個性を、貨幣の力の人格化が一部の人々の目に改革者の姿に反転し、大統領にふさわしいと取り違えさせているにすぎないのであって、この哀れな不動産成金が献金からの潔白を標榜するのは、自己労働による所有という聖なる標語をあまりにねじ曲げた悪い冗談でしかありません。この取り違え、幻想を介してそれに埋没した人々がねじれた力のなかに吸着しあい、非永続的な偽の友情にまとめあげられているにすぎません。

大統領令に対して連邦地裁差し止めを命令したのも当然といえば当然ですが、さすがだなと思いました。地方自治と三権分立という権力抑制のしくみが働いています。池上彰も2月20日の『日経新聞』の「池上彰の大岡山通信 若者たちへ」で三権分立の「見本」と言ってました。

オバマがシカゴで行った退任演説farewell speechはやはり格調が高く、理性的で魅力的、胸を打つスピーチでした。

04:40あたりをご覧下さい。この箇所は、こちらのテキストの方が正確。

邦訳もいくつかあります。

We, the People, through the instrument of our democracy, can form a more perfect union.

"We, the People"という呼びかけは、日本国憲法前文の原理(人民主権)ですね。デモクラシーによってuniteし、社会をつくる。

For 240 years, our nation’s call to citizenship has given work and purpose to each new generation. ・・・・・・It’s what pulled immigrants and refugees across oceans and the Rio Grande. It’s what pushed women to reach for the ballot. It’s what powered workers to organize. It’s why GIs gave their lives at Omaha Beach and Iwo Jima; Iraq and Afghanistan — and why men and women from Selma to Stonewall were prepared to give theirs as well.

Citizenship(市民権/公民権)は生きた個人の社会的能力です。この相互承認における能力が諸個人をその追求に突き動かし、移民と難民を海を越えて引き寄せたことを述べています。エマ・ラザルスの詩そのもの。

演説全体を通して重要なことが多く語られていますが、ここで注目したいのは「セルマからストーンウォールまで」の箇所です。セルマはキング牧師の率いるデモを弾圧した「血の日曜日事件」。

ストーンウォールはLGBTの解放運動の歴史的起点とされるストーンウォールの反乱のこと。オバマはこの抵抗運動が行われたストーンウォール・インを昨年ナショナル・モニュメントに指定しています。

再びストーンウォールに人々が結集。TSの生徒のためにオバマ政権が出した通達をトランプ政権が撤回したことに対する抗議運動です。

Citizenshipを軸とする民主主義的諸関係を現代の社会システム総体はその自覚性のモメントとしています。しかし、現代システムは、その土台において分裂という統一であって、このことが、民主主義的諸関係がそのままでは現実総体を貫かないことを明らかにし、民主主義的諸関係を担う諸個人に課題を与えるのです。民主主義的諸関係が有機的な生き生きとしたものであるならば、それは路上での主張であれ、議会での討論であれ、NGOの活動であれ、個人の自由と人権を発展させる諸モメントを連結し、過程を通過する統一性に発展せざるをえないのであって、排外主義の空気は決して民主主義の「自筆の遺言状」(註)を書き終えたことを意味するわけではないのです。

 「諸民族は、小心な不機嫌な時代には最も声高な扇動家たちによって内心の不安をまぎらわせようとしたがるものだ・・・・・・普通選挙権は、全世界の目の前で自筆の遺言状を作り、人民自身の名において『生じてきたいっさいのものは、滅びてさしつかえのないものだ』と宣言するためにだけ、つかの間生き延びたにすぎないように思われる」(『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日[初版](平凡社ライブラリー)』植村邦彦訳)

# by kamiyam_y | 2017-03-05 23:59

Worldwide Anti-Trump Protests : Women's March on Washington

20日に開かれたロンドンの米国大使館前のProtestに参加したLily Allenが、早速 24日の日付でそのときの熱気をおさめた動画をMVに用いてカヴァー曲をYou Yubeにアップしていました。

リリー・アレンが金曜日の集会に出席したことは例えば次の「イブニング・スタンダード」の記事。

Stand Up To Racismが準備した”NO TO RACISM NO TO TRUMP"というプラカードがこの映像では目立っていますが、"STOP TRUMP'S NUCLEAR ARMS RACE"、"TRUMP:CLIMATE DISASTER"などもあります。"Don't scapegoat migrant"という文字も見えます(02:51)。"THIS PUSSY GRABS BACK"と書かれた横断幕も素晴らしい(02:19)

Trump Tower前のmarchではRihannaも"THIS P***Y GRABS BACK"という文字をあしらったピンクのファッションで参加してます(リアーナのインスタhttps://www.instagram.com/rihannadaily/。ピンクといっても多くの種類がありどれかはわからないのですが、RよりもBよりの薄い桜のような感じ。キャップと合わせている服はパーカーとチュチュを合体させたみたいなもので、これまた何と呼んでいいのかよくわからん。爪がキュート。

2017年1月の最も人類史的に進歩的で有意義な記憶にとどめておくべき出来事は、頭に詰めた被害妄想をデマ口撃で吐き出すTrumpという低劣な個性の就任ではなく、LAで、アトランタで、NYで、ボストンで、アトランタで、オースティンで、パリで、メルボルンで、プラハで、Tokioで、自由平等を、Human Rightsを希求する真に人間的な人々が女性大行進として意思を表したこと、人間の愛的本質、人間の尊厳、個人の尊厳を踏みにじるセクシズム、レイシズム、ゼノフォビア、ホモフォビアに対してNoを突きつける大行進に、世界各地で開催され連帯するAnti Trumpの大行進に無数の諸個人が集まったことです。Guardianで見てみましょう。

63年の大行進の精神は2017年の女性大行進において世界中で立ち上がり、世界的な自由な諸個人がその実在を力強く証明しています。万人の自由と平等はまさに万人の自由と平等であるという民主主義の気高い精神は、ここでは抽象化された姿態ではなく、人間の類的本質の現実性として遍く意識されています。21日のワシントン女性大行進を写したロイターのスライドショーをご覧下さい。とくに20枚目がいい。

23枚目は腰に手を当て堂々としたポーズの卵巣卵管膣子宮ですね。自己決定権の象徴。鮮やかなのは5枚目。行進をピンクに染めるpussy hats /pink hats。次の記事の言葉を借りれば、"Pussy Power"は世界を変革する。性的自己主張が闘いの武器。

Pussy Powerという言葉は、ロイターのスライドの37枚目にも出てきましたが、プロジェクトのサイトにPower of Pussyの解説があります。

Pussy hatはこうやって編みましょう。

Madonnaの"The Revolution starts here"(02:21)はまさにその通りだと共感します。また、"Fuck You"(03:47)という言葉にこれほどの感動を覚えたこともありません。Trumpに集約される非人間的な力に反対し、個人の尊厳を、人間の人間たるゆえんを取り戻すことを訴え、自由な個性と自由な友愛との同一を証しているこの空間の共有において、Maddonaが自由と平等、unityを求める無名の私たちを代表しているともに、私たちもまたMadonnaと同じく人類("Love")を代表しています。

ちっぽけでちんけな妄想にとらわれたグロテスクな個性が、人間が生存競争に駆り立てられ引き裂かれている畜群的様相を表出するのとは対照的に、疎外された、自己分裂に引き裂かれる現実のなかでも光を放つ人間本質の実在を女性大行進は誇り高く示しているのです。

# by kamiyam_y | 2017-01-26 21:54 | 現代グローバリゼーション

歴史的に形成された総過程Gesamtprozessとしての世界市場Weltmarkt 

諸範疇を1つの社会的総体の諸分肢として規定しながらそこを通過する円環運動、それが社会システムの根源の能動的運動である、特定の社会的形態における労働する諸個人の生産という運動です。封建制における商業であれば、封建的生産に媒介された総体の器官としてそれは有機的なものの要素として存立しているのであって、現代の発展した産業資本の形態としての商業資本とそれを比べたりしても、それが対象の概念的把握ではなく、見る人の関心を満たす行為にすぎないことはあまり理解されてはいない1つの真実です。「生産、分配、消費、交換」は「1つの総体の諸分肢をなしており、1つの統一体の内部での諸区別をなしている」(『マルクス資本論草稿集1』大月書店、MEGA Ⅱ/1.1 S.35)。「資本はいっさいを支配するブルジョア社会を経済力である」(S.42)という『経済学批判要綱』「序説」の言葉は社会システム総体を把握の対象としています。

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『資本論』第3部は、平均利潤の成立、商業資本と利子生み資本、土地所有といった範疇を理論的、概念的に把握するのですが、それは、第2部での社会的総資本の再生産および流通の理論的把握のうえに、資本がその外部にひきついだ総体の諸姿態を自己の必然性の浸透した、自己を内容とする形態として再産出していく運動を追求しています。

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実体的な共同体を想定しない孤立的・排他的・私的な諸主体間の疎外された社会的生産の運動である商品流通が地球全体を覆う物象的相互依存関係を形成することを前提にして、現在、資本の運動は株式会社の形態にいたるまで地球規模で不断に反復しています。生産過程の個々の分肢が国境を越えた協業を形成し、資本の循環の諸要素が地球規模で流動し、流動を否定し、多様な国民的出自の資本が分裂、統合を繰り返し、科学技術をその大気として架空資本が全地球的を駆け巡り、株式会社が世界市場を舞台とする超国籍的な企業の形態となり、自由な個人の私的所有と物象的に拡張する世界的生産との矛盾を世界的に開示しています。資本の運動は私的な形態における社会的生産の展開として国家を超え、個別的な生産過程をますます社会的な生産過程に転化し、その人類史的な存在理由である生産力の増大を遂行し終えようとしています。

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相互依存関係の決定的な確立は、一国主義をもはや不可能なものとし、国際協調なしでは人類が存在できない時代を生み出してます。真の選択肢は、国際協調というにとどまらず、成長のための成長にとらわれたこれまでの生産力発展からの転換として見いだされています。生産関係の物象化と自由な諸人格との分離した統一というプラットフォームから出発した現代は、制御されざる物象的に編成される生産発展そのものを止揚することを課題とする地平にまで自身を超出しているのです。自由な諸人格の協同的な制御の対象は世界市場という総体であり、この総体の主体的モメントとして諸人格は世界的諸問題に立ち向かう時代の課題において自己を自覚し、この総体自身の主体的形態として総体自身の自己否定を成し遂げようとしています。

国際協調を資本の形態にとどまるものとする従来の道に対して、自由な諸人格という生産発展の目的を対自化した真の選択肢としての国際主義とが明確に区別され自覚されねばなりません。国際協調を国際協調の資本主義的形態から区別せず、国際協調そのものを否定するのは、現代のラダイットというべき未成熟な態度として克服されねばなりません。「機械をその資本主義的充用から区別し、したがって攻撃の的を物質的生産手段そのものからその社会的利用形態に移すことを労働者がおぼえるまでには、時間と経験が必要だったのである」(『資本論』第1部、大月書店、S.452)。あるいは外部の敵対関係として現れる資本を外部そのものに放置した批判は資本の巧妙な反転運動の内部にとどまる疎外された理解というべきでしょう。

およそ資本主義という私たちの疎外された労働のシステムが達成したすべてのものを疎外とともに捨て去ることほどばかげた、また不可能かつ非人間的なことはありません。個人の古典的な、また社会的な自由、多様な欲求の実現と多様性の承認、寛容と共生、自由な個性、それらを支える国際化と生産発展、科学と民主主義の発展、この数世紀の人類の努力がもたらしたすべての成果を私たちは受け継ぎ、発展させていくことができるし、そうしていくことが未来の私たちと共存する現在の私たちの責務です。そしてこのことが資本主義というシステムの内部でもはやこのシステムを狭隘な外皮として脱皮するほかないないほどまでに発展した即自的な未来社会を顕在化すること、自由な人間社会の形成として実現することなのです。人類史を世界史として実在化した歴史の頂点を私たちは生きています。「それは、生産過程の物質的諸条件および社会的結合を成熟させるとともに、生産過程の資本主義的形態の矛盾と敵対関係とを、したがってまた同時に新たな社会の形成要素と古い社会の変革契機とを成熟させる」(『資本論』第1部、S.526)。工場立法の一般化についてこのように19世紀に語られた資本の運動の弁証法は現代においてこそますます豊かな内容をもってリアルなのです。

# by kamiyam_y | 2017-01-25 21:14 | 資本主義System(資本論)

"Diamonds"を歌う

再生回数がワールドワイドにすんげえので人に勧めるのはやめたいところですけれど、このアリアナ・グランデのパーカー姿がかっこいい。
Ariana Grande - Side To Side ft. Nicki Minaj - YouTube

ユイ・メタルもインタビューで好きなアーティストを聞かれ、「アリアナ・グランデ」と答えています(0:42)。
Cute/Terrifying Music Sensation Babymetal Talks Overlords and Ariana Grande - YouTube

前回アントニアに触れたので、さらに。リアーナの"Stay""Diamonds"のカヴァー。右のギターのお兄さんが笑いをこらえていますが、とうとう”Shine bright like a diamond"というフレーズで下を向いて笑ってしまいました(2:13)。物まねっぽいからでしょうか。
Antonia - Stay si Diamonds (Cover Rihanna - Live la Radio ZU) - YouTube

リアーナのモトウタ。
Rihanna - Diamonds - YouTube

このフレーズたまに周りに人がいないとついく口ずさんでしまいます。

前回の補足。新潟の米山氏って脱原発候補で野党共闘の成果としていいだけで、その主張や変遷ぶりをみるとよくわからんです。ま、自民を倒した点でいいわけですが。
# by kamiyam_y | 2016-10-23 01:09

Happiness in snow

まじかあ~。寒いだけじゃなく、雪積もっとる。という札幌でした。

安倍首相誤算 原発再稼働慎重派の米山氏が新潟知事 - 社会 : 日刊スポーツ
人民の理性的判断の勝利ですが、中盤追い上げたときにおもしろくなりそうと思った通りの展開。社民党、自由党、共産党の共闘の力に顕現した理性。労働組合運動を率いるべき連合のトップのダラ幹ぶり、原発再稼働を支持する物質的利害の奴隷ぶり、労働貴族ぶりと、それを批判しきれない民進党のだらしなさ。自主投票としつつも蓮舫が応援に入ったことを高く評価するかは意見が分かれるところですが、気を引き締めて野党には取り組んでほしい。

ルーマニアのアントニアは"Get Up and Dance"という曲を大きなお腹で歌っています。子供を抱えて声が出るのかなと一瞬よぎる不安をすぐに吹き飛ばしてくれました。とくに裏声は清んで美しい。母胎にいるときからアントニアの歌を聴いて育つ子供は幸せ。
Antonia feat. Achi - Get Up and Dance LIVE la Europa FM - YouTube

アントニアのMVのうちとくによく見るのは次の2つ。ラブソングではありますが、相方との掛けあいが好きです。

"Hurricane"では髪をまとめてフォーマルな装いのビジネスパースンと長い髪にラフなファッションの酒場の店員と2役楽しめます。"Wild Horses"は、廃墟のなかの枯れ枝に巻かれたベッドのうえに美女という定番的な映像ではありますけど、かっこいい。

# by kamiyam_y | 2016-10-20 23:56