さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

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ディカプリオの演説から―革命の革命

ディカプリオが産業界による生態系破壊を「ただ乗り」と批判しています。
ディカプリオ「今こそ行動を」首脳や経済界に迫る 気候変動サミット ― スポニチ Sponichi Annex 芸能

さらに「生態系が壊れれば、経済自体が死に絶える」と経済界に苦言。石油や石炭、ガス会社への補助金を廃止し、「自由市場経済の名の下で、大気の汚染者である産業界が与えられてきた“ただ乗り”(の特権)に終止符を打つべきだ」と語気を強めた。


国連事務総長とともにデモに参加。
世界の雑記帳:NYで過去最大の温暖化防止デモ、ディカプリオさんやゴア氏も参加 - 毎日新聞

企業と産業はなぜ生態系に配慮しないのでしょうか、またなぜ現代において配慮を要求されるのでしょうか。

第1に、商品の無政府的システムが生態系をその関与から落とすからです。商品生産において、価値に転換する労働以外社会的費用ではなく、環境という協同態は空気のようなものです。情報化しません。配慮されません。

商品生産は、商品流通が私的諸労働を社会的総労働にまとめあげるシステムです。単純化していえば、私的諸労働は、価値に対象化する人間労働力の支出=抽象的人間的労働としてのみ社会的性格を与えられていて、私的主体の行動は、価値という超感覚的な社会的な力の宿るものとして自然物を崇拝しつつ(といっても人間の上に立つ神としてではなく、人間の下にある物としてですが)、商品の代わりに五感をもって欲求し、商品の人格化として契約することだけです。私的利害のためにのみ、相手の利害を考慮するという私的利害、社会的利害を手段にする私的利害が行動のなかみ。

第2に、商品生産は、資本主義的生産として実現し、資本主義的生産は株式会社として私的諸労働を完成するからです。それによって生態系が破壊され、破壊は逆にその再生のための社会的共同管理を要求します。共同管理のないシステムから共同管理を内面化した社会的労働のシステムへの変換が課題です。

価値増殖そのものを商品の有用性とするような独自の商品が、資本主義の根源的1事実でした。この商品すなわち商品としての労働力を資本が消費することによって、資本という価値の飽くなき増殖のシステムが実現します。諸個人はあらゆる対象的諸条件から、対象にかかわる自己から、対象としての自己から、活動する自己、自己の類的本質から疎外され、システム総体は彼らに制御されずに、彼らを労働力という物として消費しつつ、自己肥大化をグロテスクに遂げていく物象的世界です。物象的世界は、物象が私的主体でありながら社会的対象を形成していく物象の自己疎外、自己と化した物象化した生産関係の自立態が諸形態を自己から区別しつつ自己同一を貫く総体化プロセスとして実現します。

価値増殖という資本の内的本性は、資本相互のその強制として実現し、資本は生態系に無関心です。

しかし、巨大な社会的労働を具備した株式会社においては、それが社会的労働過程であることも、その破壊的な社会的影響力も誰の目にも明らかですから、生態系を無償で取得できる生産力として消尽し破壊することが、諸個人が社会的諸個人として協同的に解決すべき問題として現れます。

いまや世界市場において資本の世界が総体化し、これを諸個人自身の総体化に転換すること、自立的な資本の力として実現している社会的労働のシステムを奪還すること、彼らの制御のもとに服属させることが課題になります。地球規模で生態系の保全を求める声が高まっているのも、まさに諸個人による世界的労働過程の協同的制御が現実の当為となっているからです。
by kamiyam_y | 2014-09-28 23:24 | 現代グローバリゼーション

People against Racism

人間の良識の社会的分布の濃度が最も落ちている地点がこの脳なのでしょう。議員神経から除去すべき細胞。
アイヌ民族へのヘイトスピーチを撤回しない札幌市議会議員 金子やすゆきに対する議員辞職勧告決議を求めます

昨日行われたカウンターの写真。差別を許さない意思を表す人々をよく捉えています。
Rody's Bullets | 排外デモ カウンターアクション
by kamiyam_y | 2014-09-24 23:52

Anti-sweatshop

たかの友梨に誓わせたんですね。
たかの友梨経営会社が文書 「労働基準法順守に尽くす」:朝日新聞デジタル
キャンペーン | 労働基準法を守ると宣言してください!(〆切:9月11日) | Change.org

人権保障のための社会的合意である労働基準法には、自分を物神崇拝する社長も従うほかない。

高市早苗と稲田朋美がネオナチとツーショットという記事。
Neo-Nazi photos pose headache for Shinzo Abe | World news | The Guardian
この人物についてはこれが面白い。
自民党本部 「写真騒動」のネオナチ代表出版社の本を選挙のために大量に活用していた模様 - NAVER まとめ
by kamiyam_y | 2014-09-19 22:07

Heavy Rain in Hokkaido

昨日は札幌学院大学社会連携センターで開催された「札幌唯物論研究会」の総会と研究会に出席していました。研究会の報告は札幌学院大学名誉教授稲村勲氏による「合理的期待形成仮説のマクロ経済学について」でした。最適な情報獲得と行動を仮定するLucasらのexpectation論が、社会を主観性に解消するミクロ「エコノミクス」がマクロをその延長に捉えようとして行き着いた先である点、なるほどと感じました。孤立した経済主体を抽象化するアトミズムが「現実」による批判を受けることがない理論にまで聖化された空間になろうとしても、私たちはその外にいるので、それが想定する隠れた前提をすでに批判的に知っています。

北海道も先週は激しい降雨に襲われました。札幌市でも78万1000人を対象に避難勧告が出されたほどです。
札幌市が避難勧告拡大 78万1000人に NHKニュース
何度もスマホが鳴って眠れなかったという声を聞きました。びっくりしますよね、突然のエリアメール。言うまでもないですが、行政は速く動こうとしてます。
by kamiyam_y | 2014-09-14 22:18

Right to live in Peace

イスラエル/被占領パレスチナ地域/パレスチナ自治政府:ガザでの持続的停戦の鍵は3つの基本的人権 : アムネスティ日本 AMNESTY

つねに人権に立ち戻ることが社会づくりには欠かせません。人権は社会システムの産出過程の途上の最後である現システムにおける公認の原理であり、非公認の公認の原理である(資本のもとでの)社会的生産過程との対立において社会づくりの最大の武器として機能します。人権と民主主義の社会的現実(生産過程)への貫徹以外の選択肢を示すことは誰にもできないはず。

労働問題は諸個人の人権の深化であるし、平和の獲得もまた人権を原理にすることが重要であると思います。

土地所有を変革し賃労働を包摂する資本の成立(本源的蓄積)は、労働する諸個人が「二重の意味で自由な労働者」という規定を受け取ることでした。二重の意味で自由とは、1つは法的な自由人、自由な人格としての自由、もう1つは生産諸手段からの自由、すなわち自己の対象的世界の完成した喪失でした。自己の対象もそれにかかわる自己も、かかわることもすべて非自己。「疎外された労働論」をマルクスは物象化論に進化したので捨てたとか、物象化が疎外された労働よりも根本であって物象化によって疎外された労働が起きるとか、自分の頭のよさを示すそうとするためのくだらない解釈です。法的に自由な人格は、資本主義的社会の個別的な主体の形態であり、これに疎遠に社会的生産という彼らの普遍性が形成されていきます。自由な諸個人と、資本の生産力としての社会的労働の生産力との疎外された統一が資本主義的社会ですから、諸個人の社会的行為能力と実態としての社会的生産力の行為とが矛盾することが、「ブルジョア社会の自己批判」として現代を特徴づけています。

人格的自由を単なる物象の仮面にすぎないと単純化しないことが大切。現代において労働者を軸とする発展した人権主体がブルジョア社会を乗り越えて社会的な生産を包摂することが変革。

商品が商品所持者に対してじつは能動的であることは、資本において資本家という生きた人格に対しても資本が自立的に現われるというように発展します(現代株式会社現象)

マルクスが「ブルジョア民主主義」という言葉を用いているのは、『要綱』での次の1カ所(MEGA,Ⅱ/1.1, S.164-165)

単純につかまれた貨幣諸関係のなかでは、ブルジョア社会の内在的対立がすべて消し去られたようにみえ、またこの面からして、ブルジョア経済学者によって現存の経済的諸関係を弁護するための逃げ場とされる以上に(かれらはこのばあい少なくとも首尾一貫していて、交換価値と交換という、貨幣関係以上に単純な関係にさかのぼる)、ブルジョア民主主義によって、この貨幣関係がふたたび逃げ場に使われる。(資本論草稿集翻訳委員会訳『マルクス 資本論草稿集』①、大月書店)


単純流通は、等価交換として「平等」という法的規定を生み、異なる使用価値を得る「自由」の観念も、私的利害の追求という人間を手段とする転倒的な目的意識とともに、もたらします。資本主義的社会が諸個人に現存の生産の対立性を忘れさせるのは、そこでは、社会的な流れと拡がりから切り離されたものとして交換の諸観念が現れるからです。これをブルジョア的限界とみるのであって、民主主義一般をあざ笑うことは「ブルジョア民主主義」の裏返しにすぎず、社会変革の原動力には断じてなりえません。「人権」を人権派とか戦後民主主義などと揶揄する左派の一部は、まさにブルジョア的限界にとどまるのであって保守派と同質です。人権と民主主義の徹底という路線を認めない左派なるものは、ポル・ポトからソ連までの20世紀の自称社会主義の人権抑圧的専制諸国家を批判する資格はまったくなしと考えます。
by kamiyam_y | 2014-09-04 04:42 | 資本主義System(資本論)

United Individuals against Sweatshops

労働する諸個人の人権に対する威し。
「たかの友梨」による公益通報者への不利益取り扱い・不当労働行為への抗議の記者会見が多数のメディアに取り上げられました。: エステ・ユニオン
大手エステ内部通報者を詰問か 保護申し立て NHKニュース
たかの友梨:通報者に精神的圧迫 女性社員が保護申告 - 毎日新聞
「組合活動、社長が圧力」 「たかの友梨」巡り申し立て:朝日新聞デジタル

このたかのという人がここで登場するのは、宇宙の元素を私たちとともに共有しあう自然体としてではなく、生産諸関係によって内容を与えられた演技者としてであり、その許されたアドリブが、動物への愛でも優しさでもなく、搾取という内容にストレートだったからです。

この演技者の裏で集合し発動する社会的労働の諸力は、この人物の脳に対してこの人物そのものに癒着して現れ、権力の不当な行使を招いています。資本としての社会的労働の諸力は、結集する労働する諸個人の正当な行為を冒涜であるかのように彼女に語らせることによって、矛盾を表出してます。社会的労働の諸力は、企業においては、社長の単なる延長、社長が自由に処分できるような私物としてではなく、社会的に規制されるべき社会的なものとして形成されているからです。

彼女は労働法を批判することにより労働法に収まらない資本の行動を演じてみせ、社会的生産過程においては社会的理性の法律ではなく彼女自身が国家であると絶対主義をなぞることで、資本という転倒を社会的理性の前に晒してみせています。

「すき家」で第三者委員会の報告書が出たんですね。
「すき家」労働環境改善のための調査報告書受領について | ゼンショー ZENSHO
それでも「すき家」は店を出す | 外食 | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト
「すき家」の労働実態報告/“人間らしく働きたい” 若者の願いに応えるか

もうウィキペディアではこの報告に関する記述が書き加えられています。
ゼンショー - Wikipedia

6割でワンオペ。社会的労働の生産力の発展が利潤のための人間削減として実現する転倒を如実に表しています。正社員が「マネージャー」や「スーパーバイザー」という内部での名称を与えられているのも労働者の自己疎外を象徴しています。ちなみに社長の持ち株比率は現時点でウィキペディアによると2.44%。

社会貢献活動 | 企業情報 | ゼンショー ZENSHO
企業理念 | 企業情報 | ゼンショー ZENSHO
交換価値の私的自己関係(増殖)は、私的所有に排除された労働者を結合し、流通の私的自己関係の内部に社会的生産手段と社会的労働の体系を創出します。一方では、私的利潤追求のためには社会的に貢献している姿を示さねばならず、他方では、内部の社会に対しては労働力というモノの結合と消費として対応し続けています。しかし内部もまた私たちの社会なのであり、社会的に規制されねばなりません。「飢餓と貧困を撲滅する」ことを掲げた民主的企業も資本主義的内実に浸食されていたのでした。
by kamiyam_y | 2014-09-01 20:52 | 企業の力と労働する諸個人