さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

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現代憲法の可能性

城南信用金庫、やっぱりおもしれーだす。自治体首長の脱原発会議。

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さて、憲法諸学説はまったく参照することなくただ思うに。

君主ではなく人民を国家の主体と宣言する人民主権、個人が生れながらにもつと想定される人権が公権力を規制すること、国家の争いを超える平和主義。このように表象される憲法の原理もまた、個人の労働と労働全体の媒介である経済の要素であるといえようか。

諸憲法の個性は存立しながら、近代憲法は資本のシステムの要素として、ある必然的な範囲のなかに意味をもってたえず再生産されている。

個人の労働という労働全体の要素を、労働全体から切り離されたものとして登場させる。それが商品生産である。

個人の労働と労働全体を媒介する前資本主義的な共同体が消失し、全面的な商品生産としての資本主義では、個人が全体から切り離されて現れる。

しかし個人という要素がそれだけで存在することはなく、要素を契機とする全体は、商品交換が実現していく。

全体は商品を原理とする。要素である個人は商品を内面化した全体の要素である。

個人は交換において、互いの交換物を目的としあい、相手も自分も物の手段におとしめている。交換に登場する個人は商品のいわば個人化である。

この個人の間で成立する社会は、原子による自覚的な共同性、すなわち契約的なものを中身とするものでなければならない。市民社会は商品を私的所持する個人の相互承認から拡がってくる。市民的個人は商品流通という社会的分業にその出生の秘密を有している。

封建制社会では社会的分業は、商品流通という物象的な形態ではなく、直接に共同的な掟の形態を取っていた。封建領主の行動原理の内容は土地所有であり、彼に支配される農奴の労働は、農奴という生産関係、封建制的諸関係において行われ、この諸関係を再生産してきた。土地という本源的自然の経済的形態、土地所有への個人の従属によって、社会的分業が実現してきた。共同体的掟による職業の規制、身分制による規制として、個人の労働の社会的労働への転換の封建制的形態をつかむことができる。個人はここでは全体に埋もれた存在であり、その手足である。

これに対して、資本主義では、社会的分業は商品によって規制され、商品は資本として自己を再生産する。資本の前提は、生産手段をもたない労働者が労働力を売り、全生産物が商品化することである。資本主義では、社会的分業、経済は労働力の売買により媒介され、その売買は商品所持者の相互承認、労働者と資本家との契約を手段とする。

資本の自己再生産という経済は、労働力の売買を手段とする目的であり、近代憲法を職業選択の自由に象徴させれば、それは労働力の売買のための手段として必然的となっているといえよう。労働全体の媒介の現実は、労働力の売買を手段とする資本にある。近代憲法は資本蓄積の不可欠の自己形態である。

しかし、資本に根ざして生まれでて経済から剥がれて現れる自由な法的個人、人民主権を担う個人は、資本自身を批判するモメントに転化する。

原生的な共同体を破壊する商品流通の普遍化、資本の文明化作用の意義なしに、変革はありえない。原生的共同体に依拠することはできない。人権主体としての自由な個人という形態を武器とすることなしに、地球経済として展開する資本を批判する生活の防衛も人間の防衛もありえないように思う。地球規模で深化する社会的生産過程を制御しうるのは自由な個人の民主主義(人権/憲法原理)の徹底以外にありえない。

現代憲法とは、個人が全体の犠牲となる経済の実態を批判する武器にまで、個人の人権と媒介されない裸の物象的世界を批判する武器にまで自身を鍛えあげ発展させざるをえない社会関係である。その線上で自身の限界を突破し、自身を支えていた土台をその限界を超出するように導く社会関係である。労働する諸個人の人権が資本を規制し、資本の規制は資本をその静かな、また決定的な眠りこみへと導引し全体化する。公権力の規制にとどまらず、私的諸資本という事実上の公共性を自由な労働する諸個人が制御すること。地球経済を協同制御すること。個別的労働と社会的労働の物象的媒介を人格的媒介へと、物象を原理とする経済による人間支配を人間を原理とする経済へと転換すること、現代世界をその真相の実現へと超出させる運動は、憲法的個人とよびうる自由な個人を梃とする。自由な個人は、資本の権力を導く単なる売買者というような孤立した抽象物にとどまらず、内面的充実、対象を包摂する鍛えあげを資本によって強いられる。協同する能力は原生的共同体の一員としてではなく、自由な人格を通して社会的労働を行う個人として鍛錬される。

(革命記念日に寄せて)
by kamiyam_y | 2012-05-02 01:37 | 自由な個人の権利と国家