さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

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《子供の人権》《賃金労働者の人権》vs原発共同体(補足)

そもそも子供たちは原発事故がなければ被爆させられることなんてなかったのであって、言うまでもなく被爆させられること自体許してはならない。被爆を前提にして被爆限度を上げていくのは本末転倒でおかしな話というべきであり、東電の人災による責任を拡散することを助長します。良識ある主張は子供に放射線労働者なみの被曝基準を適用するのかと憤るのであり、われわれは子供に原発労働させるのかって言わねばなりません。被爆予防措置を最大限実施すべき。

福島第1原発事故:汚染「チェルノブイリ級」 矢ヶ崎琉大名誉教授が現地調査 /沖縄 - 毎日jp(毎日新聞)

わらが敷かれた田では4・8マイクロシーベルト毎時、わらを取り除いた地表は3・2マイクロシーベルト毎時だった。土を2センチ掘ると1・2マイクロシーベルト毎時まで下がった。


つねにこの例と同じになるわけではないでしょうが、掘ると放射線量の値が低くなります。

この矢ヶ崎克馬・琉球大名誉教授は「被ばく回避最優先に」と題して、今朝の『毎日新聞』で子供の「安全な学校教育や乳幼児らの保護急げ」と論じてました。この論説は、国際放射線御委員会(ICRP)基準設定の「背景」として、占領期に米国が台風の後の「データを悪用し」「原爆被災地」に「放射性降下物はなかった(すなわち内部被ばくはなかった)」として内部被曝を隠蔽したことをあげています。ヨーロッパ放射線リスク委員会(ECRR)が1945~1989年の放射線による死亡者数を試算したところ6500万人であったのに対して、ICRPの推計値は117万人。ICRPの試算には内部被爆が組み込まれていないからだと。

「『ICRP式算定方式』を事実より優先させる…姿勢が今回の深刻な『住民無視』対応の背後にある」「ICRPの限度値」は「住民の健康を第一に考えたものではない」。


ICRP基準が人民の安全を絶対的な基準にし被爆を回避する権利を最大限に最優先しているとは言えないようです。

ヨーロッパ放射線リスク委員会(European Committee on Radiation Riskhttp://www.euradcom.org/2011/ecrr2010.pdf)のバズビー教授もICRPのリスクモデルを強烈に批判。

2011年3月19日 ECRRアドバイス・ノート ECRR リスクモデルと福島からの放射線 クリス・バスビー (欧州放射線リスク委員会)
放射線リスク欧州委員会(ECRR)のバズビー教授のインタビュー/PressTV - 薔薇、または陽だまりの猫

元のインタビューを載せたサイトですが、原発から立ちのぼる黒い煙に衝撃を受けます。

PressTV - 'Japan careless about radiation dangers'

ここで参考になるのは、2003年報告(2003 Recommendations of the European Committee on Radiation Risk)におけるECRRモデルの次の概要。

原子力安全問題ゼミ山内知也(ECRR2003翻訳委員会):ECRR2003報告における新しい低線量被曝評価の考え方

100 mSvよりも高い外部被曝の場合においては、現行の放射線安全モデルはおおむね正解であると言える。しかし、微視的な組織の中で非均一な被曝が起こる内部被曝における線量を評価するに際して、そのような平均化の手法を使うと大きな間違いおかしてしまう。(p.12)
• ICRPモデルによれば、セラフィールド核施設・再処理工場周辺における小児白血病発生群の原因は、放射能汚染ではありえない。被曝線量レベルが数百倍低いから。
• ECRRモデルでは、その数百倍を内部被曝のその形態における係数(生物学的損害荷重係数)として扱い、ICRP モデルでの線量にそれを掛け合わせた修正線量を利用する。
外部被曝についてはICRPモデルを基本的に容認。細胞線量の確立の必要性を主張する。
(p.15)


生物学的損害荷重係数によって修正した線量を用いるECRRモデルは、細胞レベルでの内部被爆評価を組み込んでICRPモデルを修正したってことでしょうか。

ICRPモデル:「冷戦の秘密主義と統制体制の時期にDNAが発見されるよりも以前に、生きた細胞の放射線に対する生物的応答のほとんどが知られていなかった時期に、主として軍当局に支援されていた物理学者達によってつくられたものである。」(第5章)(p.17 )


ICRPモデルは、軍の支援という政治的文脈のなかで物理学者が作成したもので、放射線に対する生きた細胞の反応が研究されていない頃のもの。生物学の発展を踏まえていない。ICRPモデルが冷戦崩壊以前的であるとすれば、ECRRモデルはチェルノブイリを経験した欧州の智慧であり、ポストチェルノブイリ的基準であると言えそうです。

何よりも一人一人の生きた個人こそがかけがえのない絶対的な世界であり、生きた個人一人一人の健康が何よりも重視されるべきでなのですから、人民の健康の問題なのですから、しかも安全性に不確実性が残る領域を対象としているのですから、より厳しい基準を採用すること、基準を厳しく適用することが原則であって、厳しい基準によって方向性を、政策を限定し、諸個人の智慧と社会的共感を集結し、力を集めてともに現状を打開していかねばなりません。政治や企業や経済なるものの都合ではなく、人権と理性にもとづいて政策の領域が選択され諸個人の行動が集結されねばなりません。

ドイツ放射線防護委員会も被爆による癌死亡率をICRPよりも高く計算しています。

「日本における放射線リスク最小化のための提言」(ドイツ放射線防護委員会) | ICBUWヒロシマ・オフィス
http://icbuw-hiroshima.org/wp-content/uploads/2011/04/322838a309529f3382702b3a6c5441a32.pdf

p.1-2を見ると、1kg あたり54000Bq のヨウ素131 が検出されるような菠薐草を0.1 ㎏摂取したばあいの甲状腺の器官線量は、乳児(1 歳未満)で20 mSv、幼児(1~2 歳未満)で19.4mSv、子ども(2~7 歳未満)11.3mSv、子ども(7~12 歳未満)5.4mSv、青少年(12~17 歳未満)3.7mSv、大人(17 歳以上)2.3mSv。年少者ほど影響を強く受けるのがハッキリしてますね。何よりも子供の保護が最大限になされねばなりません。半減期の長い、残存期間の長いセシウム137、セシウム134、ストロンチウム90、プルトニウム239に汚染された飲食物の摂取については低年齢層ほど影響が大きいとはなってませんが、やはり乳児において実効線量が高いです(p.2-3)。

子供たちの人権を、安全に生き教育を受ける子供たちの人権を最大限保障する体制の構築を私たちの民主主義社会は早急に実行すべきです。

最後に付け足し。岩波が『世界』2011年1月号の特集「原子力復興という危険な夢」から3本をサイトにpdf形式でアップしてます。コメントする余裕はありませんので紹介だけ。 岩波書店

後記(4/30):

放射線安全学の小佐古・東大大学院教授が29日に内閣官房参与を辞任しましたね(辞表は30日付)。

asahi.com(朝日新聞社):小佐古参与が抗議の辞意 子供の被曝基準「容認できぬ」 - 政治

〔略〕会見では特に、小学校などの校庭利用で文部科学省が採用した放射線の年間被曝(ひばく)量20ミリシーベルトという屋外活動制限基準を強く批判。「とんでもなく高い数値であり、容認したら私の学者生命は終わり。自分の子どもをそんな目に遭わせるのは絶対に嫌だ」と訴えた。「通常の放射線防護基準に近い年間1ミリシーベルトで運用すべきだ」とも述べた。

 また、緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)による放射性物質の拡散予測が4月下旬までに2回しか公表されなかったことも批判。〔略〕


福島第1原発:内閣官房参与、抗議の辞任 - 毎日jp(毎日新聞)

〔略〕「…この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは学問上の見地からのみならず、私のヒューマニズムからしても受け入れがたい」と主張した。〔略〕【吉永康朗】


学者の良心です。学問は人間が目的であり、非人間的な学問の適用は許されない。

東日本大震災:小佐古・内閣官房参与辞任 線量基準の決定過程批判 - 毎日jp(毎日新聞)

小佐古さんて、ICRPの委員も務めたことがあるとあります。ICRPの基準からしても子供に20mSvは酷すぎます。
by kamiyam_y | 2011-04-29 22:11 | 民主主義と日本社会

《子供の人権》《賃金労働者の人権》vs原発共同体

公衆の人口放射線限度は国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告によって1mSv(ミリシーベルト)です。同委員会の勧告にもとづいて国内法令では放射線作業を行う労働者は5年100mSvが限度。

3 .放射性固体廃棄物埋設処分に係る放射線防護に関する国際的な考え方:文部科学省
ICRP勧告(1990年)による個人の線量限度の考え (09-04-01-08) - ATOMICA -

労働安全衛生法
第二十二条  事業者は、次の健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならない。
一  原材料、ガス、蒸気、粉じん、酸素欠乏空気、病原体等による健康障害
二  放射線、高温、低温、超音波、騒音、振動、異常気圧等による健康障害


電離放射線障害防止規則
(管理区域の明示等)
第三条  放射線業務を行う事業の事業者(第六十二条を除き、以下「事業者」という。)は、次の各号のいずれかに該当する区域(以下「管理区域」という。)を標識によつて明示しなければならない。
一  外部放射線による実効線量と空気中の放射性物質による実効線量との合計が三月間につき一・三ミリシーベルトを超えるおそれのある区域

(放射線業務従事者の被ばく限度)
第四条  事業者は、管理区域内において放射線業務に従事する労働者(以下「放射線業務従事者」という。)の受ける実効線量が五年間につき百ミリシーベルトを超えず、かつ、一年間につき五十ミリシーベルトを超えないようにしなければならない。
2  事業者は、前項の規定にかかわらず、女性の放射線業務従事者(妊娠する可能性がないと診断されたもの及び第六条に規定するものを除く。)の受ける実効線量については、三月間につき五ミリシーベルトを超えないようにしなければならない。

医療法施行規則
(濃度限度等)
第三十条の二十六
3  管理区域に係る外部放射線の線量、空気中の放射性同位元素の濃度及び放射性同位元素によつて汚染される物の表面の放射性同位元素の密度は、次のとおりとする。
一  外部放射線の線量については、実効線量が三月間につき一・三ミリシーベルト

(線量限度)
第三十条の二十七  第三十条の十八第一項に規定する放射線診療従事者等に係る実効線量限度は、次のとおりとする。ただし、放射線障害を防止するための緊急を要する作業に従事した放射線診療従事者等(女子については、妊娠する可能性がないと診断された者及び妊娠する意思がない旨を病院又は診療所の管理者に書面で申し出た者に限る。次項において「緊急放射線診療従事者等」という。)に係る実効線量限度は、百ミリシーベルトとする。
一  平成十三年四月一日以後五年ごとに区分した各期間につき百ミリシーベルト
二  四月一日を始期とする一年間につき五十ミリシーベルト
三  女子(妊娠する可能性がないと診断された者、妊娠する意思がない旨を病院又は診療所の管理者に書面で申し出た者及び次号に規定する者を除く。)については、前二号に規定するほか、四月一日、七月一日、十月一日及び一月一日を始期とする各三月間につき五ミリシーベルト
四  妊娠中である女子については、第一号及び第二号に規定するほか、本人の申出等により病院又は診療所の管理者が妊娠の事実を知つた時から出産までの間につき、内部被ばくについて一ミリシーベルト


被曝の人体への影響はさしあたり、皮膚損傷のように閾値となる一定線量を超えた場合に生命体として必ず影響が現れる「確定的影響」と、癌のように閾値がない「確率的影響」とに分類できます。閾値がないからこそ低線量被曝の危険性が考慮されねばなりません。

福島原子力発電所_Q&A
低線量被曝の危険度

低線量被ばくの人体への影響について:近藤誠・慶応大一般社団法人 サイエンス・メディア・センター Science Media Centre of Japan

人口放射線年間限度1mSvというのは、自然被曝や治療以外に積極的に被曝することを推奨するような数値ではもちろんない。事業者が管理区域にしなければならない基準は3ヶ月で1.3mSv、年に直すと5.2mSv。放射線業務従事者の限度は5年で100mSv。低線量被曝は閾値なしに確率的影響を及します。

被曝線量が20mSv/年を下回っている場合でも労災が認定されています。

原発労災認定状況関西労働者安全センター/働く人のSafety&Health

1993.5.6 申請1994.7.27 支給決定
静岡/磐田 中部電浜岡原発 計測装置の点検作業 慢性骨髄性白血病 81.3-89.12の8年10ヶ月で50.63mSv  1991.11死亡

この方はなんと29歳の若さで亡くなってます。

静岡新聞「浜岡原発の選択」

政府は、20mSv/年、1mSv/年の20倍も子供たちに浴びせるつもりなのか、驚きを禁じえません。

福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について:文部科学省
…児童生徒等が学校等に通える地域においては、非常事態収束後の参考レベルの1-20mSv/年を学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安とし、引…


18歳未満では放射線業務は禁止ですよ。

労働基準法
(危険有害業務の就業制限)
第六十二条
○2  使用者は、満十八才に満たない者を、毒劇薬、毒劇物その他有害な原料若しくは材料又は爆発性、発火性若しくは引火性の原料若しくは材料を取り扱う業務、著しくじんあい若しくは粉末を飛散し、若しくは有害ガス若しくは有害放射線を発散する場所又は高温若しくは高圧の場所における業務その他安全、衛生又は福祉に有害な場所における業務に就かせてはならない。


しかも子供は放射線の影響に敏感。汚染されているのも校舎・校庭だけではなく、地域そのもの。子供を過酷な原発労働現場に投入するようなもんです。子供の人権無視も甚だしいなんと残酷な対応でしょうか。私たちの社会がいつそんな選択をしたのか。

なんで東電の事故と政府の隠蔽体質的対応のせいで子供たちがそんな目にあわなきゃならないのか。

Fukushima-Katastrophe: Japanlegt hohe Strahlengrenzwerte fr Kinder fest - SPIEGEL ONLINE - Nachrichten - Wissenschaft
http://www.twitlonger.com/show/a1bk9a

日弁連 - 「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」に関する会長声明
従前の基準(公衆については年間1mSv)は、様々な社会的・経済的要因を勘案して、まさに「安全」と「社会的便益の両立を考えて判断」されていたものである。他の場所で教育を受けることが可能であるのに「汚染された学校で教育を受ける便益」と被ばくの危険を衡量することは適切ではない。この基準が、事故時にあたって、このように緩められることは、基準の策定の趣旨に照らして国民の安全を軽視するものであると言わざるを得ない。


子供が勉強できるようにと子供のことを考えているふりをしながら、見捨ててるんじゃねえか、ってことです。子供は大人よりも被爆の影響を受けるのですから、「子どもが被ばくすることはできる限り避けるべきである」。子供の被曝限度引上げによって、国も県も福島の子供たちの健康を真剣に配慮しているのではないことが明白になってます。政官財学メディアの原発利権集団は子供たちに代って被爆すべし。

政府は今ごろになってやっと放射線量のマップを出しましたね。

30キロ圏外でも高い線量 政府、分布マップ初めて公表-北海道新聞[道外]

一目瞭然。放射線量の高い地域は同心円の警戒区域を越えて原発から北西方向に伸びています。記事によると、浪江町の一部では推定年間積算放射線量が235.4mSvという高さ。

チェルノブイリ:因果関係調査なし 放射線障害孫の代まで - 毎日jp(毎日新聞)

共同体の権力は人民から分離して、私的物質的利益に突き動かされることは日本もソ連も同じ。「(当時のソ連)政府は深刻な問題は起きないといっていた」って、この間に同じような国内安全報道の欺瞞に私たちも気づかされたわけです。そんなソ連でも、5mSv/年が「移住義務」の基準だったらしい。

チェルノブイリの避難基準: サロン金曜日@高知

住民が避難する権利を保障する体制をつくる能力・気力が政府にないというだけではなく、政府と東電の責任逃れのためでしょう。人民による東電監視なしには、政府も東電も証拠隠滅と「事故はたいしたことない」キャンペーンに走ります。責任追及は後でなんて言っていたら真相究明もできません。社会的生産過程の公開を否定する企業権力に対して公開を要求するのが日本の民主主義に対して世界が要請していること。

政府や東電という名の疎外された社会力の人間的姿態は、労働者の安全管理を証拠隠滅のためにも否定しているよう。

福島第1原発:「ババ引くのは作業員」嘆く下請け社員 - 毎日jp(毎日新聞)

放射線管理手帳に記載しないなんて、下請作業員を人間として扱わないにもほどがある。すでに原発作業員の250mSvへの上限引き上げ(厚生労働省:(5)原発事故関係)において、作業員個人の健康は否定して彼等を作業の手段として使うという全体主義的な関係が露出していましたけど。

東電の労組は、労働する諸個人の普遍的な結合のメンバーであるならば、賃金労働者階級の一員であるならば、下請け孫請け作業員の労働条件改善、非正規雇用群との連帯を打ち出すべきです。さらに脱原発、情報公開を方針にしたら立派です。それができないのであれば、日本の労働組合のありかたの限界、個別資本の力に(成長主義の力に)吸収されていく企業別組合の限界でしょう。

原発が地域の労働市場や労働者の安全管理をいかに歪めてしまったことか。ポンプ点検会社の労働者が原発復旧作業に駆り出されるんですから。働く人々が自分の専門性を社会的分業に自覚的につなげる(社会的生産において相互承認する)のではなく、日本経済の二重構造において歪んだ労働力供給によってわけの分からん場所に派遣されている。人間が自己の意思を否定された物として消費されるという経済の実態があからさまです。下請会社が仕事を受注するために従業員の累積線量を過少申告するのも、労働者の健康より企業の都合を優先する無政府的開発の敵対性があらわ。原発が非正規雇用労働者によって支えられていることは『ニューヨーク・タイムズ』の記事にもあるとおり。

Day Laborers Brave Risks at Japan’s Nuclear Plants - NYTimes.com
日雇いで放射能に立ち向かう労働者たち - 福島原発事故 海外での報道

原発による地域振興は、地域の産業構造も財政構造もいびつに展開させます。4月24日 の『道新』3面で佐藤栄佐久・前福島県知事が地域の原発依存を「麻薬中毒」と呼んでいるように、一時的に原発マネーを注射しても、地域は産業が原発中心にモノカルチャー化してしまい、健全な形の発展が妨げられる。原発に物言えず「暗さ」(内橋克人『日本の原発、どこで間違えたか』朝日新聞出版、3頁)が漂う。一瞬の事故が街も村も山も川も、思い出も生活も、精神的な絆も、健康も、人々の自己の世界のあらゆる場面を崩壊させる(これほど高コストなものがありましょうか)。

地域の発展はカネの力に翻弄される発展ではなく、自覚的な発展、すなわち民主主義の発展として遂行しなければなりません。

中部電力は旧浜岡町に「財政協力金」と名づけて68億円も渡してます。カネの支出は民主的に管理されず地域コミュニティも混乱。

静岡新聞「浜岡原発の選択」

原発利権による開発は人間を目的とする開発ではなく、無政府的な貨幣のための開発であり、この成長主義の手段となったのが理系の閉鎖的、非社会的・反社会的集団。

記者の目:「原子力ムラ」の閉鎖的体質=日野行介 - 毎日jp(毎日新聞)

一部の理系の研究者の原爆開発能力誇示欲求は、もちろん事故や廃棄物処理や原発のおかれた社会的関係なんて考えない。技術開発は民主主義によって管理されねばなりません。

発電技術も社会システムの問題です。『道新』の社説も脱原発。

東日本大震災 エネルギー計画 「脱原発」の国民論議を(4月20日)-北海道新聞[社説]

原発頼みで発電しているフランスでも、『ル・モンド』誌がチェルノブイリとフクシマを並べて扱い、脱原発を主張。

チェルノブイリの教訓は生かされなかった - 福島原発事故 海外での報道

2007年の記事ですけど、日本はかつては太陽光発電が世界トップだったという話。「強権的な政治意思を背景に原発エネルギー依存体制に針路をとってきたがゆえに、逆にエネルギー選択の多様性が狭められた」(内橋前掲書、2-3頁)。原発利権複合体が、自然エネルギーの開発を阻止しながら他方で「原発がないと困る」と人々を脅してきたわけです。原発依存体制をつくったくせをして自然エネルギー開発に難癖をつけてきたといってもいい。

asahi.com:市民も潤う太陽光発電 脱温暖化社会へ 欧州の挑戦・2 - 地球環境

要は生産過程に対して諸個人が社会的諸個人として民主主義によって理性的に管理することです。市場が自動的に安全を選択するわけではない。政府が安全を成長より重視するわけではない。資本の競争(とその媒介姿態としての国家)に委ねた発展から人間を目的とする人間による民主的発展へ。

原子力ロビー「電気事業連合会」の力と実態 電力会社幹部は3年間で5600万円を自民党政治団体に献金、「味方作り」を推し進めてきた | 経済の死角 | 現代ビジネス [講談社]

電力会社による政治の買収は民主主義の否定です。原発利権複合体は地域を破壊し、自然を破壊し、人間を破壊し、社会を破壊した。人体への破壊行為は民主主義への破壊行為に連結して起きてます。

追記:
今中哲治氏と飯田哲也氏の講演が札幌であるそうです。私は行けないんですが。はんかく祭!
by kamiyam_y | 2011-04-27 22:00 | 企業の力と労働する諸個人

民主主義対原発資本:民主的協同管理による原発複合体の解体を、民主的社会形成による成長主義からの脱却を

20世紀の《自然=社会=人間》の到達点は、資本主義における世界史的な個人の形成としてまとめることができます。労働する個人は、その個々の人格的な社会的な形態として民主主義と人権の主体となり、その環境世界への延長として社会化された生産手段と労働組織、世界市場を資本のもとで発展させました。人間の「物質代謝」の延長された姿が世界市場であり、ここに資本の自然発生的競争に委ねられた無政府的な社会的分業が成りたっています。

世界市場が直接には経済成長第一主義の力として存在していることによって20世紀の問題群が生まれ、これに対する政策理念の破綻を通して、新たな社会づくりの必要が示されているのが現在です。諸個人は、制御できない成長主義という形をとった自分自身の環境と対峙し、この環境すなわち世界市場を自覚的な管理に吸収するという課題を負って存在しています。

温暖化と労働問題、企業の権力といった地球的問題が20世紀のマイナスの到達点として残されており、これを解決するには、まさに《自然=社会=人間》という存在世界が安定した形を取ること、人類社会の形成により世界市場をコントロールすることが不可欠です。

国際社会と民主主義の発展のなかで原発も問われています。原発利権で儲けた人が死んだ後にも事故の処理が続けられる。

福島原発の廃炉作業に最長100年…英科学誌 : 科学 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
福島原発の安全性回復には1世紀の時間が必要=英専門家(サーチナ) - livedoor ニュース

斉藤和義も「この国を歩けば 原発が54基」って歌ってますが、この狭い地震列島に54もある。

反原発の曲がネットで話題 斉藤和義さんが歌う動画 - 47NEWS(よんななニュース)
斉藤和義 news / 音楽情報サイト:hotexpress
斉藤和義、原発批判のセルフカバーを公開「ずっとウソだった」 – ロケットニュース24(β)

YouTubeとか動画投稿サイトで検索すれば見れます。歌詞をつけてアップしてる人もいます。

ニュースがわかる・災害:原発が被災、大事故に/3 原発頼りの日本 - 毎日jp(毎日新聞)

福島第一に現れた問題は原発全般を貫いており、地震も津波も電源喪失も「想定外」というのが普通だったのか。多重防護による安全確保のウソ。

東日本大震災:震度6強余震 原発のもろさ再び露呈 - 毎日jp(毎日新聞)
asahi.com(朝日新聞社):国内原発の大半、安全対策に難点 長期電源喪失想定など - 東日本大震災

大半が地震や津波を想定した安全管理システムに欠陥を抱えている。建設先にありきの建設の不合理さが急速に露呈してますね。

放射性物質にしても数万年年もの間それを封じこめておく箱はありえないのに、今の世代の産業活動の廃棄物が危険なままに子孫に渡される。

無政府性の絶頂ともいうべきひどい話ですが、これを問題できるのも曲がりなりにも民主主義と国際社会が形成されているからです。

民主主義と国際社会において地球市民の一員として日本の大衆は東京電力と政府を監視し、情報公開を要求し、少しでも被害を抑えるように努力していかねばなりません。

何といっても市民社会による企業の監視を自覚的に遂行していくことです。世界人民の一員として日本列島の人民は、貨幣の権力の東電的堕落的発現を抑えていかねばならないはずです。

政府は自らの混乱を民衆に投影し怯えています。混乱を避けると称して情報を隠し低い危険評価を重ねた政府に対して情報公開を求め、監視することもまた地球社会における日本の大衆の責務。東電や政府の首脳の安心報道をオウム返しすることで安心しようとする全体主義的感情が残存しているとすればそれは廃棄されねばならず、ましてや事故の影響に恐怖する海外の人々を嘲笑するかのような態度が取られることがあるとすればそれはゴロツキ的な野蛮な恥ずべき反応でしかありません。

16日朝刊の『日経』1面の「電力不足4」という記事に、外務省が経済産業省に「万が一の場合」を質問したところ、「誰がどこでどれだけ電力を使っているのかは、東電しか分からない」と回答されたとありました。河野太郎も計画停電を批判するなかで次のように書いてます。

経産省は、これだけの計画停電を国民に強いておきながら、この需給調整契約は東京電力と契約者の民間契約なので、この契約に基づいた供給抑制については公表できないなどという。/需給調整契約の内容の詳細の説明すら、経産省は民間の契約だからと拒み続ける。/原子力発電関係でもよく見られる「国策」と「民間事業者の商業行為」の使い分けだ。

河野太郎公式サイト | 計画停電でいいのか

公共性を隠れ蓑にして私利追求をしているくせに、社会的生産組織としての情報公開を求められるや、突如「民」と言い出して、私的所有を楯にして隠すのが資本主義企業の常態です。

生産過程を社会的生産過程として社会的に公開させ、生産から発する権力を監視する。日本の市民は国際社会との協調のなかでこれを徹底させていくことが求められています。

国際的であることはまた地域的でなければなりません。地域とは物理的な場所ではなくまさに人間の直接の社会的空間。世界の問題は鋭く地域の問題として現れます。

自分を囲み守っている大気のような地域社会、自分がそこに他者との絆をつくりだしてきた地域社会をフクシマの原発事故が襲い、それに中央政府の中途半端な対応が拍車を掛けた。

飯舘村でも積算線量1万マイクロ・シーベルト超 : 科学 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

飯舘村周辺放射能汚染調査チーム(今中哲二・遠藤暁・静間清・菅井益郎・小澤祥司)「3 月28 日と29 日にかけて飯舘村周辺において実施した放射線サーベイ活動の暫定報告」2011 年4 月4 日
Greener World : 飯舘村周辺放射能汚染調査暫定報告の発表と対策について
NEWSポストセブン|原発から30km圏外の飯舘村 地形原因で汚染大気集まりやすい
飯館村「人が住めるレベルではない」 京大助教らが現地調査-北海道新聞[道外]

「人災」被害の集中する飯舘村の住民に「直ちに」ではない健康被害が最低限に抑えられるように力を集めねばなりません。

現地で調査した今中さんと正反対なのが生きた原発資本である御用学者共。GEの設計者が欠陥を40年前に指摘していた、という記事が『日刊ゲンダイ』にあり、この隣に掲載されていた次の記事(18日号発売16日2面)。

ゲンダイネット

設計寿命を先月終えた福島原発1号機にあと20年使えると「お墨付き」を与えたのが東大関村教授なのだと。原発ムラの学者は万死に値します。

そんなに「安全」と言うのなら、テレビに出るのではなく原発ムラの科学者たちは現場へ行け! 君たちにも責任があるだろ | 経済の死角 | 現代ビジネス [講談社]

東電から『寄付講座』名目で約10年にわたり合計5億円ほどのカネが流れている。


産学協同という社会的生産の資本主義的形態を媒体として、原発資本が東大教授を自らの操り人形にしている。東電資本が原発教授の口を借りて語っていることよ。政官財学メディア(東電労組を加えてもいい)の原発複合体のカネに学者が群がりこの複合体を推進する倒錯に、原発複合体がそれに群がる原発ムラの成員を手足にしている倒錯。

「現代ビジネス」のこの記事の2で、経産省OBが次のように発言しているのに注目。

彼ら〔原発ムラの中心メンバー(引用者)〕に共通するのは、「日本は核兵器を作る能力を持っている」という自負で、自分たちこそが技術系の最先端だと信じています。…・」


やっぱりそこかよ。原発推進の動機のなかに核兵器生産能力を誇示する願望。

東電のカネに支配された研究者を利用するメディアもまた東電のカネをたんまりと飲んでいる。

青木理が「ASAHI NEWSTAR | 朝日ニュースター」の「ニュース解説 “眼”」で電力会社のカネの権力のすさまじさを伝えています。4/7の回では、青木さんは、原発の危険性を告発する大阪毎日放送のドキュメンタリー(今中さん、小出さんら京大研究者を軸に取材した「なぜ警告を続けるのか 京大原子炉実験所・異端の研究者たち」)を夜中に放映したことに対して関西電力がMBSに行った広告引き上げなどの激しい「恫喝」を暴露してました。

4/6(水) 電力会社と知識人 ニュース解説 “眼”
4/7(木) 電力会社とメディア ニュース解説 “眼”

電力会社が貨幣を配って代弁者をつくる。メディアは偽造された公共性になり、物書きは電力会社からエサをもらう番犬となる。なんという醜悪さ。

社説:震災後 地震国の原発 政策の大転換を図れ - 毎日jp(毎日新聞)

「こうした現実を踏まえ、大災害を転機に、長期的な視点で原発からの脱却を進めたい」
「…原子力による電源に頼らなくても、豊かに暮らすための知恵を絞りたい。/そのためには、温暖化対策で注目された再生可能エネルギーの促進や低エネルギー社会の実現がひとつの鍵となるはずだ。地震国日本に適した電源と、それに基づく暮らし方を、今こそ探っていく時だ」


社説:震災後「低エネ」社会 日本モデルは可能だ - 毎日jp(毎日新聞)

「長期的には太陽光や風力による再生可能エネルギーの拡大だ」
「…3・11の意味をもっと前向きにとらえたい。エネルギー制約を逆手にとって、日本を低エネルギー社会の先進国に転換していく覇気をふるい起こすべきであろう」


『毎日』社説がこのように脱原発と再生可能エネルギーへの転換をとるべき選択肢として打ち出した。このことは、エネルギー政策が技術の問題ではなく民主的社会形成のための総合的政策の一環にほかならないことを3.11の悲惨な経験のなかで人々が知り、成長主義からの脱却という理性的展望を共有しつつあることを意味するように思えます。

14歳アイドルが原発のリスクを語るブログが話題に 孫正義氏も「同意!」とツイート - ネタりか

「今の原子力に頼らない電力の生活に社会全体のシステムを変えればいいのです。変えれますよ」というアイドルの発言は正しい。問題は技術ではなく、新たな社会づくりであり、システムの変革を語るときに、原発利権的現在のシステムを前提にしてその内部で解答しようとするのはまちがいです。
by kamiyam_y | 2011-04-17 23:18 | 成長主義と環境

「認識の甘さ」

昨日の昼テレビで枝野君の会見見てました。

東日本大震災:福島第1原発20キロ圏外「計画区域」 5市町村、1カ月内に避難要請 - 毎日jp(毎日新聞)

〔略〕政府は11日、福島第1原発から半径20キロ圏外で放射線の累積線量が年間20ミリシーベルトに達する恐れのある福島県内の5市町村について全域もしくは一部を「計画的避難区域」に指定すると発表した。〔略〕【影山哲也】


ようやく一歩動きつつあるというべきか。累積線量を計算に入れないまやかしや、同心円の機械的な避難エリア設定を批判する声は早くからあったのに。
お部屋2184/金に忠実な人・自分に忠実な人-松沢呉一『黒子の部屋』 ポット出版

『毎日新聞』の5日の社説では内部被曝も考慮すべきことが述べられてました。
社説:放射線監視 透明性と体制の強化を - 毎日jp(毎日新聞)

『毎日新聞』WEB版を見て発見。図だけまとめたもの。
福島原発 図説集 - 毎日jp(毎日新聞)

「経済産業省原子力安全・保安院の寺坂信昭院長」が謝罪したらしい。

原発事故集中審議
吉井議員質問/保安院長「認識甘く深く反省」 経産相「(「想定外」は)使うべきでない」
- しんぶん赤旗

「現実に、指摘のような事態が発生した。当時の認識に甘さがあったことは深く反省している」と。

資本がもたらした災害がとてつもなく大きいのは、社会による自然諸力の破滅的利用であるがゆえにです。

この社会的生産の力の破滅的実現の歴史には、もちろん米国資本の原発輸出や原発利権ムラの形成が、最近では脱原発の旗を降ろして原発輸出を成長依存経済の柱にしようとした民主党の堕落などがあったわけですが、直接には東電という1企業の責任であり、この企業に国策的に関わった政府の責任です。この謝罪においては、東電資本という仮面をつけた社会的生産力を管理すべき政府の責任が政府の「認識の甘さ」として寺坂個人の口から公式に語られたといってもいいかもしれません。

生産の社会的力は政府組織をその媒介・制約の姿とし、政府組織というこの社会関係のなかで個人の「認識の甘さ」は政府の「認識の甘さ」として妥当しています。政官財学の利権ムラが命と安全よりも利権的成長を優先してきたという無責任体制がこの「甘さ」に帰結したにちがいない。

寺坂個人が物理的に放射能をもたらすわけではなく、もたらしたのは生産の社会的力の破滅的な実現です。むろん、生産の資本主義的破滅的発展をこのように指摘することは、この破滅性が浸透した東電と政府に直接の責任があることを否定するものではなく、逆なのですが。

福島原発事故、最悪のレベル7 チェルノブイリと並ぶ (共同通信) - エキサイトニュース

10日間で放射性物質を飛散させたチェルノブイリに対して、フクシマはすでに人類が経験したことのない長期間の放射性物質拡散を続けています。

放射能汚染水の海洋放出が技術立国神話を崩壊させ(「新聞紙」!)、国際社会における日本政府の評価をさらに下落させたことはいうまでもなく、それに加えて強調すべきは、事故を通じて日本社会の後進性もまた暴露されてるってことじゃないでしょうか。科学技術という環境は社会という環境のなかでの技術であり、そのありかたは当該社会を反映してるのですから。

何よりも、大気と海洋に放射性物質を放出し続けている東電と政府は、人類と世界に対して巨大な罪を犯しているというべきであり、地球と人類社会に対して責任を負わねばなりません(といっても東電と政府が及す害の大きさ、東電・政府が負うべき責任の大きさが福島県でも地球の反対側でも同じだといっているわけではありません。念のため)。
by kamiyam_y | 2011-04-12 18:00 | 企業の力と労働する諸個人

原発利権の解体を(補足その3)

電源喪失が核燃料棒と格納容器の破損を招き、放射性物質が放出されるというシミュレーションを掲載した報告書を原子力安全基盤機構が去年の10月にまとめていたにもかかわらず、東電はこの内容を知っても対策をとらなかったのだと。人命に対する危険に対していかに低い意識で組織が動いていたのかまたもや立証されました。

「電源喪失で容器破損」東電報告書検討せず : 科学 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
原子力安全基盤機構が「電源喪失なら圧力容器破損」 | Internet Zone::WordPressでBlog生活

これは精神的自由に対する侵害です。

asahi.com(朝日新聞社):放射性物質予測、公表自粛を 気象学会要請に戸惑う会員 - 社会

「日本気象学会が会員の研究者らに、大気中に拡散する放射性物質の影響を予測した研究成果の公表を自粛するよう求める通知を出していたことが分かった。」

「新野宏理事長(東京大教授)名で学会の関係者が不確実性を伴う情報を提供することは、徒(いたずら)に国の防災対策に関する情報を混乱させる」「防災対策の基本は、信頼できる単一の情報に基づいて行動すること」などと書かれている。」


ひでえな。政府が政治的実践において単一の指示を出すべきことを理由にして、研究者が自由に多くの研究成果を発表することを禁じようってんだから。国家権力による「情報統制」という民主主義の圧殺が必要なのでは断じてありません。自由な学問と自由な表現にもとづく人民の民主主義的関与がなければ国家権力が誤った方向に暴走しても正されないのです。
by kamiyam_y | 2011-04-05 00:21

原発利権の解体を(補足その2)

ソフトバンク孫正義が100億円と引退までの報酬を全額寄付 / ネットの声「総理大臣にしろ!!」(ロケットニュース24) - エキサイトニュース

100億円という私的所有物は孫さんの排他的社会空間のなかにありながらも、実は、私的諸労働の社会的集積の産物にほかなりません。それが孫さんの私的人格の私的持ち物とされ、自然物の重さ(円は金重量単位の貨幣名)として現れている。貨幣という社会的生産関係の束は、自己労働にもとづく対価として得た物として現れ、手腕や力量、抜け目のなさといった私的人格の個性に癒着しながら、またそうした偶然的な要因のあたかも結果であるかのごとくに現れながら、社会的承認の衣のなかに収まっている。

私的所有物100億円を義援金として支出することは、100億円のなかに隠れていた社会的力を被災地救援という社会的目的に役立つ現実に社会的なものへと転化することといえましょう。

といってもこの支出自体がまた私的所有物の処分として恣意、気まぐれという形にあることはかわりませんから、この寄付も、たとえば自分一人のための豪邸づくりや土地の買い占めに排他的に散財することと区別されません。法的にはおんなじ。私的所有は他者・社会を締め出すルール(規範)の縄であって、寄付でも無駄遣いでも貨幣の消費の仕方には社会はさしあたり無関心で関与しない。もっとも企業の私的所有のなかの生産過程に対して社会が介入することなしには現代社会は維持できないのではありますけど。

孫さんの内的動機を打算と邪推したり、良心と納得したりしたところでそうした憶測には噂話以上の重要性はありません。良心と捉えて連帯するならいいですが、カネのための偽善とみなして邪魔するべきではない。何かをやろうとしている人に対して、何もしない人が足を引っ張るようなことをしてはならない。100億円が孫さんの熱意を介して社会的に役立つ姿に転換したことだけが重要でしょう。100億円の効力は所持者の内面に依存しない。誰が持っても100億円。

私的所有物100億円で食い物を買ってそれを食べずに焼き捨てたりするなど貨幣を恣意的に排他的に用いることに対しては富者の義務という常識がたぶんこれを抑え(ましてや大災害のこの時)、「金は天下の回りもの」という常識がたぶん100億円の社会性を私たちに認めさせています。100億円支出する人が10億円支出する人の10倍の能力があるとか、10倍価値を生みだす高度な労働をするとか、10倍の時間働いたとか、誰も思わないように、才能や手腕や嗅覚や努力などとイメージされる自然人の資質という個別的偶然もまた100億円の取得に対して偶然として認知されてもおり、100億円の支出ができることが孫さんを取り巻く社会的諸関係に依存していることも理解されているにちがいない。

若者のボランティアでもそうですけど、自分のできることを社会的な行為として自覚して行おうとする精神が発揮されていて、社会の成熟を感じます。

それでも100億円にはたまげたざんす。100億円を義援金として出したことで孫さんの評価が高まることはいうまでもない。貨幣の大小が人間の器の大小に反映して見えるという物神崇拝が貫かれてもいるわけですが。みんなそれぞれできることをすればいいのだと思います。

孫さんには今まで関心なかったんですけど、今回の政府の対応に対する批判や反原発の意思表明に好感を抱かされました。「原発の真のコストパフォーマンスは最悪」って原発利権に絡めとられたメディアが言ってこなかったことじゃないですか。原発利権から自由な新しい資本もまた未来を担うように思えます。

名誉や批判などは覚悟の上!孫さん 活発な行動の真意を明かす(ITライフハック) - livedoor ニュース
Ustream.tv: ユーザー CNIC_JAPAN: 2011//4/3 ソフトバンク孫正義社長×田原総一郎 ゲスト 田中三彦、後藤政志
by kamiyam_y | 2011-04-04 18:08 | 資本主義System(資本論)

原発利権の解体を(補足)

環境というのは単なる天然物だけではなく社会的な環境ともいうべきであって、「自然災害」を押さえるのも拡大するのも社会的な構造として現れる労働の発展の問題に帰着します。環境とは社会に無縁な天然の自然ではなく社会的労働を通じて対象となっている、いってみれば社会的に存在する環境にほかならず、「自然災害」の被害のありようは社会的な構造に依存するというべきでしょう(自然の威力がいかに人災に転化するかをこのうえなく悲惨な形でいま私たちが経験しているのはいうまでもない)。

『日刊ゲンダイ』4月1日号(31日発売)で水門と防波堤によって津波をくいとめた岩手県普代村に関する記事がありました(5面)。

確かに地震の被害からは逃れられず漁港も壊滅してしまっている(東日本大震災:原形とどめていた「番屋」 岩手・普代村 - 毎日jp(毎日新聞))のですが、あわせて335メートルの防潮堤と水門がその内側を津波による破壊から救ったというのです。

普代村の広報586号が歴史的経緯にも触れていて参考になります。

普代村役場HP広報ふだい>No586・23年3月号

高さ15.5メートル、総延長130メートルの太田名部防潮堤と高さ15.5メートル、総延長205メートルの譜代水門が機能した(「住民守った防潮堤、水門」6頁)というんですね。

社会的労働を必要な場所に投入した、住民の命を守るための社会的コストを削減しなかった結果といえましょう。

災害としておそってくる自然の猛威に対して、人々の安全を守るために自然法則を味方にして自然を変革する。この変革が出来るように、この変革にもとづいて猛威に対処できるように社会的な人間同士のつながりのしくみをつくる。

環境というのは人間諸個人にとって彼等自身から区別されながらも彼等自身の延長であり、諸個人は、猛威として現れる自然を、社会をつくりながら、諸個人に親しい、彼等を支える自然へと変革する実践を行ってきました。環境づくりの実践は労働する諸個人がその相互関係を自身の延長として結びあうなかで行う共同的で社会的な活動にほかなりません。

人間労働のこの社会的自覚的性格を「災害対策」「安全管理」に最大限に発揮していかねばなりません。諸個人の労働を人間にとって必要な環境づくりに理性的に配分する社会状態の成立は人類史的課題であり、この課題が「災害対策」問題を貫いています。現代の問題はすべてその解決のために社会的労働過程に対する統一的で有機的な協同的管理を求めています。強調されねばならないのは、諸個人による環境づくりそのものを自然発生的な状態に委ねられたものから理性的で社会的、自覚的なものへと変えていくことが諸個人の命の安全という根源的欲求を実現するためにいまこそ必要不可欠であるということです。

災害対策にとどまらず自然環境保全のためにも計画的な人口集中、街の物理的・社会的構造の変革は必須の基本的条件といわねばならないのであり、ノーマライゼーションの実現のためにも、社会保障の高度化のためにも計画的空間編成が基礎になることはいうまでもないでしょう。居住環境づくりは総合的社会化・計画化の一環としてなされねばならず、この総合的計画化は、諸個人が社会的生産を統一的で有機的な計画性において管理していくことを意味します。諸個人が社会的労働の生産力を民主的、自覚的に支出することがまさに現実的な課題として浮上しているんです。

maps.google.co.jp岩手県下閉伊郡普代村

政官財学の利権共同体による原発推進にはGE(ゼネラルエレクトリック社)という巨大資本も加わっていますし、核兵器管理も米国の核戦略も絡んできます。むろん、現在の民主党連立政権にも責任がありましょう。原発批判の旗は貨幣の権力によって降ろされたままなのですから。政権離脱した社民党が管に脱原発の申し入れをした(福島みずほのどきどき日記 脱原子力と自然エネルギーへの政策転換を求めて菅総理に)のももっともというべきです。


昨年5月26日の衆議院経済産業委員会
で吉井英勝(日本共産党)の質問に対して直嶋正行経済産業大臣が「輸出する相手方の国で事故が起こった際の影響については、経済産業省としてそういったアセスメントは行ってません」なんて答えているんですよ。

売っておしまいでは社会的責任を果すことにはならない。傘下の私的生産諸資本が製造物製造責任をはじめとして安全なものを売る責任を担い地球的生産過程において生産の社会性を曲がりなりにも自覚的に遂行しつつある現在、国家機関であれば生産の社会的責任が免除される、なんてことはもちろんあるわけない。販売のための販売という無政府的成長を力強く代弁するこの人物の姿は、国家の本体とは、販売としての販売をその過程に含む資本の蓄積のための蓄積だったという真実を示しています。

吉井氏は経済産業大臣のこの発言を原発事故が起きた場合の「放射性物質が日本へ飛んでくる影響」に触れながら批判してます。

日本共産党 吉井英勝オフィシャルホームページ

社会的生産過程が国境を越え有機化し、社会的原動機構の管理もまた諸個人の世界史的課題となっています。原発輸出先の諸個人にとっても、輸出元の諸個人にとっても安全な生活を保障される権利は同じであり、共通の社会的問題です。原発事故は国境を越えて人体に直接影響を及すだけではなく社会経済に打撃をももたらす。安全対策は国際的責任でもあります。生産・生活の基盤を原発利権に吸収されてきた諸関係を変え私たち自身のもとに社会的労働の諸力を奪還し、安全の確保を国際的に、地球の人民として協同的に実現していかねばなりません。

寺坂信昭原子力安全・保安院長はこの衆議院経済産業委員会で「日本の原子力発電所におきましては〔略〕多重防護の考えに基づいた設計がなされまして、それによって安全性を確保しているというところでございます」と安全性を断言して舌の根も乾かぬうちに「外部電源が全部喪失されて冷却機能が失われるということになりますと〔略〕長時間にわたりますと炉心溶解とかそういったことにつながるというのは、論理的には考え得る、そういうものでございます」としれっと答えている。この人物もまた「我亡き後に洪水は来たれ」という資本の精神をよく体現しているというべきか。

『日刊ゲンダイ』4月1日号「原子力安全・保安院のトップも姿見せず」(4面)は、吉井氏のサイトを紹介し、寺坂原子力安全・保安院長について炉心融解の可能性を認識しておきながら「その後何もしなかった。欧米だったら、大問題になって辞任である」と書いてました。

「日本政府とIAEAの合同対策本部を立ち上げるべきではないか」って河野太郎が述べてます(河野太郎公式サイト | フランスの意気込み)。この案の内容上の当否は別としても、自分たちだけで出来ないことをやろうとし同心円の避難エリアに固執する菅政権が、今からでも科学と国際社会の理性の声に従って行動することを願うばかりです。
by kamiyam_y | 2011-04-02 12:21 | 現代グローバリゼーション