さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

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原発利権の解体を

昨日30日『毎日新聞』2面(14版)に掲載されている「福島第1原子力発電所周辺の累積線量結果」という図をみてみます。浪江町国道沿いで年間の人口被爆限度の5倍の累積線量5.743ミリシーベルトが測定されたという文科省発表を伝える記事に付された図です。

政府が「自主避難」を促した半径20~30キロ圏内にある広野町の地点では1時間あたり平均線量0.0031ミリシーベルト、測定時間120時間の累積線量が0.372ミリシーベルト。

浪江町の30キロ圏外にある放射線量の高いスポットでは、1時間あたり0.0484ミリシーベルト、測定時間118時間で累積線量5.743ミリシーベルト。

ネット版(毎日jphttp://mainichi.jp/)の数値で確認すると、浪江の同じスポットは1時間あたり0.0503ミリシーベルト、測定時間95時間、累積線量4.813ミリシーベルト(更新3月30日3時23分)。
放射性物質:ヨウ素、福島で2万3000ベクレル - 毎日jp(毎日新聞)

政府の半径20キロ圏内避難指示は現状の危機に対応していない。きめ細かい観測にもとづく汚染分布の把握や、地形・風向き・天候など多様な要因を考慮したシミュレーションの利用など科学的評価にもとづいて住民の安全を最大限に確保しなければならない。ところが、崩壊した原発が放射能を吐き続け、廃炉の見通しも立たないなかで、東電・政府の「安心」発表、「直ちに健康に影響はない」発表、過小評価発表が繰り返されており、後手後手の対応に住民大衆も国際社会も翻弄されてます。専門家の見解をいくつか確認。

『毎日新聞』22日の記事での矢ケ崎克馬琉球大名誉教授のコメント。
福島第1原発:放射線の蓄積、注視必要 累積被ばく問題も - 毎日jp(毎日新聞)
〔略〕【須田桃子、下桐実雅子、神保圭作】〔略〕一方、放射性物質を吸い込むことで起こる「内部被ばく」に詳しい矢ケ崎(やがさき)克馬・琉球大名誉教授(物性物理学)は「政府の『直ちに健康に影響しない』という発言は、その後の影響がまるでないように言っており問題だ。放射性の微粒子が体に入ると、体にとどまるため継続して被ばくを受ける。吸い込みを防ぐためにはマスクをする以外にない。野菜などの食品も水でよく洗ってから食べて」と話す。〔略〕


ベラルーシでチェルノブイリ事故の医療支援を行っていた菅谷昭松本市長。
東日本大震災:福島第1原発事故 国の対応は後手後手 松本・菅谷市長が批判 /長野 - 毎日jp(毎日新聞)
〔略〕菅谷市長は、米国など諸外国が同原発から約80キロ圏内の在住者に避難を呼びかけたことについて、「海外の方が危機意識が高く、日本や東電は浅い」と指摘。避難範囲について「思い切って広げるというのも一理ある。人命の問題であり、やりすぎということはない」などと語った。〔略〕【大平明日香】

「子供にヨード剤を!」チェルノブイリ現地支援の菅谷昭医師 (1/2) : J-CASTテレビウォッチ

『毎日新聞』(25日朝刊)、野口邦和日大歯学部専任講師(放射線防護学)のコメント。避難・屋内退避エリアを検討しなおす必要があることを述べてました。
雑草からセシウム265万ベクレル 飯舘村

『北海道新聞』3月30日16版3面「(ニュース無視めがね)プルトニウム漏れの影響は」から京大原子炉実験所小出裕章助教。
〔略〕京大原子炉実験所の小出裕章助教(原子核工学)は「プルトニウムも含め放射性物質が大量に放出されていることが問題。現場の作業員や住民の今後の健康に影響が出る恐れがある〕と話す。(森栄一郎)


今中哲二京大原子炉実験所助教(原子炉工学)の土壌汚染試算。
ヘッドライン | 科学・環境 | 医療・健康 | 汚染レベルは「チェルノブイリ強制移住」以上 京大助教が試算 - 47NEWS(よんななニュース)

「飯館村の汚染レベルが、チェルノブイリ原発事故による強制移住レベルを超えている」。

一人一人の命を守るために政府がなすべきことは見積もり最小限ではなく、データとありうべきシナリオの公開、最大限の危機までを想定した対処にほかなりません。専門家の批判的見解をはじめとする叡智を集め、人々の力を合わせていかねばなりません。

『北海道新聞』も連日一面は原発関連の記事を大きく掲載していて、今朝は会長の謝罪会見。紙媒体とネットでは細かいところに違いもありますが、ご覧ください。
福島1~4号機は廃炉へ 原発安定めど立たず-北海道新聞[道外]

ようやく廃炉表明。遅いんだってば。

経営不安で東電国有化案も浮上 政府、混乱回避へ支援-北海道新聞[政治]

原子力損害賠償補償契約に関する法律では、事故の損害賠償を国が肩代わりすることが規定されてます。ずるい感じも受けますが、危機管理という社会的共同利益を担う能力に欠けており、賠償責任も自分で果すことはできない東電に大胆な公共的関与が必要なことはわかりきっています。欧米では東電国有化のシナリオが論じられており、フィナンシャルタイムズが「破綻」「国有化」「原子力事業切り離し」のどれかまたはすべてが取られるだろうと述べているらしいですが(春名幹男「国際情報を読む」『日刊ゲンダイ』3月25日号・発売24日)、言うまでもなく東電という会社が何千回、何万回破綻しようが、放射能で汚染された故郷は戻ってこないかもしれず、原発事故が人間・社会・自然に深刻な破壊的影響を与えた事実は消えず、事故が直接に間接に人々の生活、生命に刻んだ傷は癒えない。

30日朝刊『毎日新聞』の一面では汚染水は数千トンと伝えています。
福島第1原発:汚染水は数千トン 除去作業難航 - 毎日jp(毎日新聞)

26日には2号機内の汚水から「測定作業ですぐに針が振り切れた」ほどの放射線が検出された。
asahi.com(朝日新聞社):2号機汚染水、15分で被曝上限 放射能大量流出の恐れ - 東日本大震災

24日の3号機作業員3名の被爆。汚水から被爆し、さらに内部被曝。
asahi.com(朝日新聞社):被曝作業員の放射線量は2~6シーベルト やけど治療も - 東日本大震災
時事ドットコム:高放射線量、作業員に周知せず=東電「3人の被ばく防げた」-2号機に真水注入作業

〔略〕東電は26日、1号機の同建屋地下で18日の時点で高い放射線を検出しながら、現場の作業員に周知していなかったことを明らかにした。1号機も3号機同様、地下に高濃度の放射性物質を含む水たまりがあり、東電は「しっかりと注意喚起していたら、今回の被ばくは防げた」と認め、謝罪した〔略〕


社会的労働過程における最大級の人権侵害が進行してます。放射能を流出させ人間と環境を破壊する企業であれば、内部の安全管理体制も杜撰で、労働現場における人間の安全に対しても無責任で配慮できない。NHKの水野倫之解説委員が「作業員の被爆管理のありかたに問題がある」とコメントしてましたがその通り。環境破壊も、秘密主義も、労働する一人一人の安全という人権を蔑ろにするのもすべて同根。

「協力会社」という言い方、東電と対等のパートナーが作業しているみたいな言い方がされてますけど、東電の正規雇用従業員ではない労働者が東電と名づけられた資本の身体となって、疎外された共同体の手足となって、高い放射線量を教えられることもなく被爆したんです。最も危険な場所には東電の従業員ではない労働者も送り込まれ決死の作業を続けている。東京新聞の次の記事が、「底辺にいる下請けが危険な仕事を任されるとの見方は根強い」として「原発ジプシー」の存在を紹介していました。

東京新聞:下請け協力会社の悲哀 福島原発:社会(TOKYO Web)

作業にあたっているのは450人で東電「社員」は「約380人」。

時事ドットコム:第1原発に作業員450人=食事は1日2回、雑魚寝状態-福島

労働する諸個人450人が人々の命を守るべく自分を犠牲にして過酷な最前線で決死の労働を遂行しています。事故が人々の生活、生命をこれ以上破壊するの食い止めるための闘いに身を投じています。自分たちの労働のもたらした悲惨な破滅的結末に苦悩し会社に対して怒りを覚えながらも、被災しながらも決死の労働に自らを酷使しているような東電の正規従業員もまた、下請労働者とともに放射能汚染された破壊された環境のなかで悲劇的で英雄的な協働を壮絶に遂行し、自己を犠牲にし持てる力を尽しているにちがいありません。深い敬意を覚えます。

1100年前の地震の解析にもとづき巨大地震が来ることが指摘されたにもかかわらず、東電は無視したらしい(『毎日新聞』27日朝刊3面)。いかに人の命を守ることに無関心か。

福島第1原発:東電「貞観地震」の解析軽視 - 毎日jp(毎日新聞)
東京電力福島第1原発の深刻な事故原因となった大津波を伴う巨大地震について、09年の経済産業省の審議会で、約1100年前に起きた地震の解析から再来の可能性を指摘されていたことが分かった。東電は「十分な情報がない」と対策を先送りし、今回の事故も「想定外の津波」と釈明している。〔略〕


巨大な危険を想定して対策することには熱意がない東電は、嘘の報告にも余念がなかったよう。BBCの次の記事。

BBC News - Is Tokyo Electric Power becoming Japan's BP?

動きだしてしまった利権の運動体は嘘を身にまといながら進む。虚偽報告はお手の物だったのだ。

東電の反社会的隠蔽体質はもちろん東電が自分一人でつくりだしたものではありません。政府も財界も東電同様の安全軽視の秘密主義に浸ってきたのです。

日本政府という名の共同体の権力機構もまた人民の安全を確保する義務を遂行することには前向きではなく、危機管理という社会的共同利益を担う計画的能力に欠けています。原発の耐震基準についてIAEAからなされた警告を無視したと報道され、欧州委員からは今回の対応に「信じられないほど場当たり的」と批判され、いまや日本政府の不透明さが国際社会の問題として浮上しているかの感がありますね。

時事ドットコム:「日本の原発耐震基準は時代遅れ」=IAEAが08年に警告か-ウィキリークス
【ベルリン時事】英紙デーリー・テレグラフは17日までに、内部告発サイト「ウィキリークス」が入手した米外交公電の内容として、国際原子力機関(IAEA)が2008年12月、日本の原発の耐震基準は時代遅れで、大規模な地震が発生した場合、「深刻な問題」が生じる恐れがあると警告していた。〔略〕


Japan earthquake: Japan warned over nuclear plants, WikiLeaks cables show - Telegraph

原発事故対応は場当たり的 制御不能とEU欧州委員 - 47NEWS(よんななニュース)

電力会社と政治家と官僚と御用学者からなる委員会が「産業上の司令官」となって原発建設を国策化して推進してきたのであって、私たちはこのことを忘れてはなりません。

諸個人の安全に対して配慮しない価値増殖、蓄積のための蓄積の無計画な本性が原発推進にも貫かれているのです。安全対策を節約する資本の対立性が人命を奪う事故を招くのは産業革命以来続いているわけですが、環境保全対策を怠る資本のこの対立性は、現代科学の発展、生産諸力の発展とともに巨大な環境破壊をもたらしうるものとなり、科学にもとづく現代的協業の力、生産諸力を社会的民主的管理のもとにおくことを絶えず根底から要請することになります。

「大手重電の元技術者たち」が「自己批判と原発政策の告発」を「事故以来」「続けている」と伝える『北海道新聞』の記事(23日朝刊2面)。これは驚きです。

「会社はコスト優先」 原発の元技術者ら ネットで自己批判-北海道新聞[暮らし・話題]

原発の設計に「津波を想定しない米国の設計図をコピー」することから始めたのだと。政官財学の複合体は、人民の安全よりも何よりも原発建設を早くしたくてしかたなかった。

「コスト優先」とはこの場合、生産諸力の理性的に管理された発展ではなく、諸個人の人権・生活・生命と調和しない無計画で無政府的な発展であり、社会的に必要なコストを理性的、協同的に勘案することではありません。「想定外」とはこの無政府性の弁解の声にすぎない。放射性廃棄物の処理を将来の世代に押しつけてることにも明白なように、なによりもまず原発建設ありきであって、安全は二の次だったというべきでしょう。

ちなみに「インターネット放送」。
後藤政志さん、田中三彦さん 記者会見部抜粋, MB13 Ustreamに保存されたビデオ:110312原子力資料情報室記者会見 政治

前出「会社はコスト優先」(北海道新聞)から。

東京のNPO環境エネルギー政策研究所顧問竹村英明さん(59)は「日本には許認可権を持つ経産省、学者、電力会社などで作る原発ムラがある」という。
「原発ムラ」とは言い得て妙というべきですね。排他的で、局限された共同性は民主的に制御できず、暴走します。政官財の利権共同体が東電の隠蔽体質・杜撰な管理体制を育て上げたといってもいい。虚偽報告に騙される通産省(経産省)の無責任体制とともに。また東電の隠蔽体質に同調する政府の不透明性とともに。社会のムラ的ありようもまた不透明な原発建設を許容してきた。

資本という無政府的成長は、日本的「原発ムラ」という1つの歴史的な姿をまとった。地方に札ビラを撒き「地域振興」や「雇用」で人々を誘引して原発を立地してきた自民党政権、許認可権や各種のカネの力で資本の間に縄張りをつくる官僚、原発推進のための天下り団体、排他的価値増殖体の集合物の人格的姿である財界・電力会社・電力会社の貨幣に頼るテレビ局は、みな貨幣の力に平伏す物神崇拝信者であって、貨幣がかぶる醜悪な仮面として機能し、それが、安全な生活という人々の基盤を壊した。政府が人民を被爆させ、官僚が人民を被爆させ、財界が人民を被爆させた。政官財の無計画で無責任な複合体が放射能汚染をもたらした。

経団連会長はこれだけの大惨事なのに原発を讃えています。無責任のかぎり。
原発「津波に耐え素晴らしい」 原子力行政「胸を張るべきだ」 経団連会長が発言-北海道新聞[経済]

人間一人一人の命を守るための安全確保策を講じるという社会にとって不可欠の支出(費用・負担・コスト)が、私企業の空間内で私的コストの節約、「コスト優先」によって切り捨てられた。社会的支出としての労働を利潤という形で自らに吸収することには抜け目がない資本、安全確保という諸個人の人権保障・社会的必要をコスト節約と称して蔑ろにすることには長けている資本という生産関係のその対立性が破壊的な形で露呈している。

資本は、労働の吸収度を高めるべく労働生産力の発展をもたらし、同一量の商品生産に要する労働時間の短縮をもたらし、このことによって、潜在的に、人々の労働時間の合理的配分と自由時間の増大の可能性をもたらしました。しかし、同時に、資本は収奪にもとづく無政府的な生産であって、安全・安心の実現という社会的に媒介されるべき諸個人の根源的な欲求と対立しています。

資本のもとに解体され飲み込まれていた諸個人は、社会的・自覚的主体として、生産体の秘密主義、人権抑圧、環境破壊、利権の力を克服しなければなりません。安全・安心の実現を社会的に媒介するべく民主主義的主体として自らを鍛えていかねばなりません。資本の無政府的な発展を諸個人の協同のもとにおかれたものへと転換し労働の理性的配分と自由時間を現実のものとしていくことを人類史的課題として担います。

政府は原発から半径20~30キロの屋内退避エリアに「自主避難」を呼びかけるこれまた後追い的な方針転換をしましたが、「自主」って、人民の安全を保障する政府の義務を放棄して、共同性を解体された孤立的個人に事態を委ねてしまうんでしょうか。政府の支援なしに移動できる人は移動し、重点的に移動を確保するのであればさしあたり分りますが。実際入院患者など移動が難しい人は政府による移送が行われてはいますけど。

福島第1原発:避難圏内にまだ百数十人 自力移動が困難 - 毎日jp(毎日新聞)

しかし、慣れ親しんだ好きな土地であれば簡単に去っていけるわけもなく、自分の風景、記憶の素材から切り離されるのは苦痛であり、大切な家や墓や畑を後にするのも大きな悲しみが伴うわけですから、移動に躊躇う人も出てきます。この危機において政府が住民を翻弄してはなりません。

福島第1原発:自主避難「政府に不信感」南相馬に残る市民 - 毎日jp(毎日新聞)

在日米軍関係者は80キロ圏内から出るように国防総省から命令を受け避難し、米政府は80キロ圏の外に退避するように自国民に勧告。避難をめぐる基準はどちらが正しいのか。菅谷松本市長が日本は危機意識が低いと述べたように、安全の確保として日本の対処には大きな欠陥があります。

救出活動中の被爆を発表 米第7艦隊 (オルタナ) - Yahoo!ニュース
米国 / 米軍、福島原発80キロ圏内からの避難命令 / The Wall Street Journal, Japan Online Edition - WSJ.com
米政府、自国民に原発半径80キロ圏内からの退避勧告 | 国内 | 特集 東日本大震災 | Reuters

科学にもとづく判断が国家によって左右されないことからすれば、また命を守るための社会的理性的判断が最優先されねばならないとすれば、避難地域が政府によって異なるのは、おかしな話です。転倒した現実です。日本政府と米政府どちらが科学的判断にもとづいており、人命尊重の精神を体現し、有効な安全対策を実行しているのか。

命の重みに差はないという原理を承認するのであれば、グローバルな人権と科学にもとづく判断にのっとって、安全対策こそは国際社会の協調によって遂行されねばなりません。日本政府の非公開的で後追い的な対応のもとで悲劇を拡大してはならない。国際社会の強力な外圧と迅速な介入もまた有効で必要。

上杉隆が「いったい日本人だけが放射能に強いのだろうか」と述べているのももっともです。
海外諸国と日本政府、避難範囲50kmの差 ――枝野官房長官に「安全デマ」を問い質す|週刊・上杉隆|ダイヤモンド・オンライン

国家という疎外された共同性が取り結ぶ熱い絆の擬制性、国家という疎外された局地的な共同性の利己的本質がみえる気がしますね。等しくその生命を尊重されるはずの人間諸個人が国家という共同性によって分断されている。世界史的個人であり人類の一員であるはずの諸個人が、所属共同体によって全く異なる安全保障を受ける、ある人々は80キロ圏外への避難を命じられ、ある人々は20キロ圏内からの避難を指示されるというように。危険な場所が日本政府と米政府では異なるという不思議です。海外政府は、現地政府の20キロ圏内に限って避難を求める措置に同意するふりをしながら情報隠蔽を疑いこの措置を信頼せず、独自の調査・判断によって自国民にだけは80キロ圏内からの避難を勧告し、直接の担当者である現地政府は、自らの対策を実質的に否定する「盟友」の対応を表向き否定することもなく自国民には30キロ圏外安全を主張して恥じない。国際社会は日本に対して外圧による変革を。
by kamiyam_y | 2011-03-31 12:03 | 民主主義と日本社会

連帯の絆を

情報の正確かつ迅速な公開。これこそが決定的に重要な課題として自覚されています。『日経』の17日の社説も「政府や東京電力の情報収集や提供も要領を得ず〔中略〕混乱が広がっている」と冒頭で述べていました。公権力の情報公開はいうまでもなく企業が内部で集めた情報を社会に発信することが今生死を分ける問題として切実に要求されているのです。情報公開の要求として自覚されている事柄の中身は、より立ち入って捉えれば、私的形式の生産体が内部情報を開示しなければならないということ、私的資本が内部の情報を社会的なものとして公開しなければならないという現実自身の要請であり、現代システムの運動様式、矛盾にほかならないといえましょう。

正確な情報の共有を求める声はいまや国際的に拡がっています。報道によれば、IAEA(国際原子力機関)の天野之弥事務局長が18日経済産業大臣に伝えたとして「国際社会は連携して取り組むべきだとの提案が多くの国からある。各国はもっと詳しい情報を欲しいとも言っている」と伝えたそうです。

首相「原発情報を全世界へ開示」 IAEAの天野事務局長に - 47NEWS(よんななニュース)

危機に対して行動しようとしている国際社会が情報の滞留によって焦燥感を抱かされているのですね。

現代システムの私的・排他的分断が、事態の協同的解決に対する妨げとして鋭く露出していると思われます。私的諸資本としての私的所有・私的生産という孤立と排除、あるいは排除という疎外された統一、これはまさに現代システムを形成し存立させる運動なのですが、これが危機解決のための社会的聯繋の裏に蠢く私的諸利害の衝突となり連絡を断ち切る亀裂として現れています。現代システムの不安定で流動的な有り様そのものが人々の連帯を遮っている、私的・排他的存在への不断の分解と分裂において生産を社会的生産に転じ社会を存立させる現代社会の存在の仕方そのものが、諸個人の協同的行動を抑圧する力に転じているのではないでしょうか。

徹底されるべきは、社会的なものを社会的にふさわしい形で管理していくこと、諸個人の協同の形態化でしょう。私的に分断された組織の幹部の裁量に事態を委ねるべきないことは、現在誰の目にも明らかです。ましてや東電の社会的管理能力、事故の解決を担当する社会的能力に欠落があることは疑えないのですから。東電と政府との責任の押し付け合いとみえる混迷に多くの人々がおそらく感じとっているのは、現在の社会的危機・緊急事態を社会的に超克していく取組みを私的組織の偶然的な能力に放置するべきではないことにちがいありません。

電力供給事業は企業の形をとっても、その中身は社会的生産過程の社会的機械設備における協業であり、この社会的設備は、個々の労働手段の作動に遍く活力を与え、労働対象に変化をもたらし、個人の直接的な生活の生産において消費・享受される生活手段(消費手段)に息を吹き込みます。同時に、そこに実現する自然諸法則の利用、自然諸力は広範囲に及ぶ深刻な自然破壊・人間破壊をもたらしうるものです。電力会社の政策は必ず国民(人民)的政策でなければなりません。

公的機関および民間諸組織を深く広く連結で結び、専門家をはじめとする諸個人の叡智を国境を越えて集め、情報を分けあい、事態の打開に向け鼓舞しあい、連帯を呼びかけあい、連帯の絆を緩めることなく力を合わせていくこと、人間の本質諸力の発揮しうるすべてを困難の突破のために発揮していくことが私たちの急務です。先の『日経』17日社説にも「内外の知恵と人員、機材を総動員し、一刻も早く事態を鎮静しなければならない」とありました。

この社説がまた米政府の支援チームやGEによる電源車提供の表明に関して「危機を乗り切るため支援受け入れをためらうべきではない」と主張するのもまっとうであろうと判断します。仮に何らかの思惑のために機会を利用する利己主義が隠れていようとも、国際的支援の力が不可欠であることは言うを俟ちません。世界的労働の諸力を、被災地の一人一人のために最大限に発現することが求められているのです。多国籍の軍事的諸力もまた社会的労働の生産諸力の一存在形態なのであり、この部分を人間の生存の危機を打開するために転用することに躊躇は不要なはず。被災した人民のために諸力を結集することは民主社会における生産諸力の共同的管理の一形態ともいえます。東電の最前線の労働者をはじめとする労働者階級の無名の一員の、(こういう言葉を用いるとすれば)英雄的な、気高い献身を最大限に活かし、あらゆる力を集結して危機の回避、救出、救援を遂行していくためには、「透明性」「公開性」が原則として徹底され、内外の諸組織が有機的に結びあっていかねばなりません。

内外の諸組織が聯繫しあい、救助活動、被災者支援、復旧活動に、可能な限りの物質的手段と人々の生きた活動とを投入し、被災して苦しいなかで支えあう人々に、医薬品、食料、寝具、衣類、住居などの物資と、医療をはじめとする活動・サービスを集中していくことを望んで止みません。市場は社会的生産過程へと融合した生産過程であり分配の装置ですから、これをうまく規制しながら活用し物資とサービスが被災地に流れていく工夫や方略を私たちは見いだしていかねばならないように思えます。痛ましい事態にあっても分かちあう優しい人々の手元に彼等が求めるものが届くように、商業労働や運輸労働など様々の関連する労働がその社会性を充分に発揮できるように、また被災者のために人々がその高い倫理性を行動において発揮できるように、智慧を集めさらなる方策が進むことを願っています。

資本にもとづく生産がもたらす最大の成果は世界史的諸個人、すなわち人類である一人一人、生きた人類です。資本主義という外皮を剥ぎ取ればそこには人類としての諸個人が生成している。人類の協働の社会的生産過程が地球規模で人類自身のための土台として成立しつつあり、人々の意識もまた人類的なものへと陶冶されていきます。

高嶋哲夫「一人ではない」(『日本経済新聞』3月18日12版32面)は、阪神・淡路大震災のとき「なにより心の支えになったのは、人との絆を感じたときだ。〔中略〕そしてそれは、今では世界的な広がりで伝わってくる」と述べ、ネット上に書き込まれた世界各地の人々のメッセージを紹介しています。高嶋が「一番感動した言葉」として紹介している声がすばらしいのですが、どのようなものであるかは手に取る機会があったら読んでみてください。

被災地の無数の無念の思い、呻きと声にならない叫び、同じ時を過した大切な人との予期せぬ別離の落涙と悲嘆、苦しみのなかでの分かちあい、無数の助けあい、無数の励ましあい、そして無数の慟哭。これらに呼応して世界のいたるところで悲しみが共有され、世界の隅々に悲哀が運ばれ、数知れぬ願いと祈りが発せられ、連帯の絆が結ばれ、励ましの声が響き合い木霊していく。

惨劇の中にも、人々の希望を、人々の絆を、愛という人間本性を見いだす。そんな思いがします。
by kamiyam_y | 2011-03-20 18:47 | 企業の力と労働する諸個人

人為的な不透明さ

原発事故の会見中継について五木寛之が「わざと理解できないように言葉を使っているとしか思えない」、「記者席から批判の声があがって当然なのだが〔中略〕静まり返って、主催者に促されてぼちぼち質問がでるというのは、なんともいえない脱力感を覚えさせられる光景だった」と記しています(「流されゆく日々」8665回『日刊ゲンダイ』3月15日・発売14日)。

少ない手がかりが発表されるだけでそこからテレビの解説者が推測しなければ説明にならないような会見はその公共的使命を果しているといえるのでしょうか。元東芝技術者後藤政志は「専門家がほしいのは数値です」「なぜこんなに発表が遅いのか。国民が被爆の危機に瀕しているのにとんでもない話です」と怒りに満ちたコメントしています(『日刊ゲンダイ』が『日刊ゲンダイ』3月17日・発売15日二面)。人民が被爆してしまうかもしれない緊急事態なのですから一刻も早く、正確な情報を流すことが死活問題というべき。

人が近づけないため不明な点が多いというのを仮に認めるとしても、客観的なデータに支えられた科学にもとづく事態の説明は可能なはずです。「混乱を避ける」という建前によって客観的な情報を公表しないのであれば、それこそ社会的な知が集結し発動することを妨げ、人的被害を拡大するのではないでしょうか。縦割りされた政府・官僚の匙加減ではなく、共同体組織としての民主的で公開的な活動こそ人々がその力を合わせるために必要不可欠です。

縦割り行政を廃棄し諸個人・諸組織が聯繋しなければならないのは、被災地に有効な支援、物資供給を行う上でも同様。発展した生産諸力を有機的に連結し、被災した人民に生活諸手段を提供しなければなりません。

被害を小さく見せようとすることは、被害の拡大や実態の把握によってきわめて不誠実な印象を与える結果となります。保身を図り釈明に終始する答弁が事態の好転を招くことはありません。枝野官房長官も、電力会社も、事態が被害の最も小さくてすむ経過をとればよいとする願望を科学的・客観的認識であるかのように語っていたのでしょうか。政府と電力会社の対応は、不祥事発覚後に不誠実な処理を試みて倒産する企業を思わせました。

保身と責任回避かどんな利己的動機による混乱か分りませんけど、諸個人の安全の確保にとっては、客観的な情報の公開とともに、予期すべき最大限の危機を想定した対処が原則でしょう。「大きめに避難地域を指定する。それを徐々に縮めていく。危機管理の基本です」と民主党議員が述べています(『日刊ゲンダイ』が『日刊ゲンダイ』3月17日・発売15日一面)。情報を示さず危機を小さく見積もって、避難対象地域を後追い的に拡大することは事態のさらなる悪化につながりかねない。

資本の運動という無政府的・自然発生的・物象的な土壌の上で政府もまた無政府的性格・非公共的性格を帯びますが、その制限を突破して、人間が人間的でいられるような、人間社会という土台を築いていくことが真に求められています。諸個人の民主的な協同と連帯がこの分裂した現代を超えていく唯一の道です。諸個人の人類的本性の客観化が人類的不幸において切実に要請されています。公開しながら隠蔽し、隠蔽しながら公開する無政府的な政府のありようは、堕落した労働形態、非人間的な意識形態を引きずり出したりもしましょうが、私たちはそうしたありように屈することなく、連帯を深め力を結集していかねばなりません。
by kamiyam_y | 2011-03-17 00:02

科学にもとづく民主的な規制を

間接的にとはいえいまだに連絡が取れないとか聞くたびに胸が痛みます。

学生から「北海道だけ何もなくてやりきれないです。募金したいんですけど、怪しい団体はいやじゃないですか。やっぱ赤十字ですかね」と言われ、「郵貯で送ればいいんじゃないかな」と答えておきました。

http://www.jp-bank.japanpost.jp/kojin/tukau/fukusi/kj_tk_fk_gienkin.html

讀賣の号外で午前6時すぎの爆発を今朝知ってその後ネットで讀賣の速報を見ると放射線量が一都四県で過去最大なんだと。すぐに関東の親戚に電話しました。

http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110315-OYT1T00552.htm?from=top

讀賣からもう一つ。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110315-OYT1T00160.htm?from=main4

三号機周辺の観測値毎時400ミリ・シーベルトは40万マイクロ・シーベルトで、この讀賣の図では10万マイクロ・シーベルト以上の被爆では癌発生が増大するとされています。原発で働く労働者の命、近隣で暮す住民の健康、被害が最小限ですむことを心の底から祈って止みません。

http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110315dde001040007000c.html

水中になければならない燃料棒が露出してしまうといういわば破滅的な危機に瀕して、海水注入という手立てはとても原始的にみえます。安全性確保のための何重ものしくみがあるというのが少なくともタテマエではなかったのでしょうか。技術の核の部分で制御困難な事態が発生するなんて、原子力発電設備の技術としての完成度に不信感を持たざるを得ません。

電力会社と政府の管理責任について今後徹底的に追及されなければならないことは言うまでもないでしょう。制御不能に近い状態に陥ってしまう技術のありかたには根本的に疑念が生じます。透明性と公開性を原則とする民主的な管理体制のもとでのみ安全性は確保されると考えますが、今回の情報提供のありようには、全くもって不誠実という印象を抱かされますね。

2003年から2010年に志賀原発で発生した事故を分析した児玉一八「北陸電力・志賀原子力発電所の事故分析」(『日本の科学者』2011年2月号)は、「原子力発電技術は未完成」(42頁)として、事故頻発にある要因として「規制と推進の分離」がなされていないことを指摘しています。「規制」を担う「原子力安全・保安院が開発推進の官庁である経済産業省に属している」(47頁)点にこの分離の不徹底は明らかであると。

分かる気がします。そもそも縦割り行政で各官庁が縄張り拡張を目指しそのもとで民の資本蓄積が行われる日本的追いつき体制、キャッチアップシステムはもはや時代遅れで弊害あるのみであって、それが原発行政にも露呈しているように思えます。日本型開発独裁とでもいってよさそうな、国家主義的・中央集権的でなおかつこうした分断的な開発はあらゆる面で立ちゆかなくなっているのではないでしょうか。市民一人一人を主体として前提し公開性と透明性を原則とする民主的管理ではなく、官僚の匙加減に公共的規制の実現を委ねるというこの日本の後進的な体制はもう要らない。官僚の恣意的裁量を介した成長第一主義は、廃棄されねばなりません。

海外のメディアの方が客観的に伝えている可能性もあるかもしれないと思い、チェックしてます。読み切れてないですけど、BBCのサイトも詳しく報道してました。

http://www.bbc.co.uk/news/world-12740843

IAEAのサイトでも400ミリ・シーベルトとありました。

http://www.iaea.org/newscenter/news/tsunamiupdate01.html
by kamiyam_y | 2011-03-16 00:28 | 民主主義と日本社会

社会的原動機の民主的管理

濁流に呑み込まれ家が崩壊し自動車が流されていく映像を見るたびに胸がつぶれる思いです。建築物の間を滝のように走る濁った海水がどれだけの人命を奪ったのか。

昨日も今日も定食屋でも喫茶店でも店員さんと話すのは地震関連。土壌に関する授業を受けたことがある人が強調するには、放射能汚染されると土壌の快復は数十年どころではなく時間がかかるのだ、と。

防波堤の高さをはじめとする都市開発/計画の不十分さは海が街を飲み込む映像を見てだれもが感じたはず。近代社会はまだ数世代しかたっておらず、都市の基幹的構造は自然発生的で、自然の猛威の前に人を救うことが出来ない。

「事象」という言葉が原発関連の説明で用いられているのをテレビで聞いて事故と言わないためのごまかしかと思ったんですが、eventの訳なんでしょうかね。それにしても東電と官房長官の会見は私としてはまどろっこしくてよく分からんという感じがしました。

13日各紙朝刊は第一面から紙面を割いて大きく福島原発の事故を報道してました。上部外壁とはいえ爆発で原発の建物が崩壊した、というのは衝撃的です。

『毎日』の一面で京都大学の小出裕章氏の指摘として「日本は世界一の地震国で、原子力発電をやるなら『想定していない地震』なんてそもそもあってはならない」という意見が紹介されており同感しうる気がしました。「想定外」ということについては専門家を中心に厳格な検証をぜひともしてもらいたい。原発の技術としての完成度・信頼度、民主主義的管理への適応度、安全性などあらためて問われる必要があります。

http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110313ddm001040058000c.html

発電施設は個々の生産設備や個人的消費の場を連結する社会的生産過程の中枢であり、社会的に道具機・作業機、伝導機にエネルギーをもたらす社会的な原動機です。生産という公共的過程の最も公共的な軸であり、事故を起せば大量の殺傷・健康被害を招く科学技術設備なのですから、この管理は徹底してその公共性を自覚したもの、諸個人の安全な生活を最優先するものでなければなりません。市民の生活の安寧を侵害する事態の説明としては、東電および官房長官の説明は断片的でわかりにくいという印象を受けました。放射性物質の拡散が仮にたいしたことがないとしても、今回の情報公開のありかたには厳しい検証が必要。

『讀賣』の二面の「レベル4以上か」は、国際原子力機関(IAEA)の国際原子力事象評価尺度(INES : International Nuclear Event Scale)がとりあえず感覚的につかめそうな図がついていて参考になりました。

http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110313-OYT1T00056.htm

この状況では最重要記事ではありませんが、ちょっと興味深かったです(『毎日』14版8面)。震災時の日本人のマナーを賞賛する声がネット上で高まっているという話。

http://mainichi.jp/select/world/news/20110313k0000m030132000c.html

尊敬されるためにやるとなるとそこに嘘が混じりますけど、人権尊重や人間としてのモラルにおいて国際的に信頼を獲得するのは重要なことでしょう。醜いこと限りない差別主義・排外主義・国家主義の残存物はさっさと消滅していくべきものだってことです。
by kamiyam_y | 2011-03-14 00:31

苦悩の臭い取り

歓送迎会の季節ですね。ススキノでタクシーに乗りました。

「酔ってほんとに容体が悪くて申し訳なさそうに吐くんだったらそりゃあまあ、しかたないって許せますよ」

世間話をしているうちにテーマがたちの悪い酔っぱらいに移ってきました。

「でもね、ただの酔っぱらいでさ、起きてんだか寝てんだか、生きてるんだか死んでるんだかわかんなくて、夜中で割増料金なのに『高いぞ、こら』とか文句言ったつぎの瞬間、ゲロどばっと吐きだしてんだからやってらんないよね」

小鳥たちが踊って愛でるかわいらしい噴水みたいに、ゲロを街中で可憐に飛ばしてるお嬢さんの動画をYouTubeで見たことがあります。嘔吐はありふれた生理現象。飲み屋街であれば驚嘆すべき話でもない。私とてタクシー内で気分が悪くなったことならあります(吐くのは家に着いてから)。

「そんなにいるんですか、吐く人。あとの掃除がたいへんですよねえ」

「ですよ。こっちはゲロの処理して時間つぶしちゃってしさ。シートカバー変えたり、臭いを取ったりで。ほんとはその分お金払ってほしいくらいですよ。もちろんもらいませんけどね」

ゲロ処理は生態系において人知れず菌や虫や鳩が行うだけではありません。吐く人もいれば掃除する人もいます。それが人間の社会的連鎖というもの。

「酔っ払いだけじゃないですよ。乗り逃げする人だっているんですよ」
「へぇー。泥棒じゃないですか」

「車運転して楽しそうにみえても、12時間も座りっぱなしで体もきついしね。まあ、お姉ちゃんのミニスカート姿はちょっとうれしいけど。ってもう見飽きたか」
華やぐギャルの癒し力だけじゃ運転労働における人間快復はできない。

「でも、女の子だと吐いたら、申し訳なさそうにおかね置いてく人いるんですよ。いらないって言っても」
「意外と若い人の方がよくできてる」
一般的結論をこの例だけから引きだすわけにはいきませんが、社会の成熟は世代交代を介していくわけですから、進歩したより人間的な思想を体現するのは若い世代。

「あと、ゲロだけじゃなくて、ションベンやウンコたれる人もよくいるんですよ」
アルコール入るとお腹がゆるくなる人います。酔えばいろんな筋肉も弛緩しますし。

処理のために嘔吐物凝固剤とか除菌剤を経費で買ってるんでしょうかね、聞かなかったですけど。
by kamiyam_y | 2011-03-06 23:58