さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

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ネズミとお菓子工場6 週刊朝日の仕事

▽ 関西テレビの謝罪会見のいやらしさというべきでしょう。

週刊誌記者の日記: 関西テレビ asahi.way-nifty.com/asahi/2007/01/post_aad0.html

週刊朝日のスクープをつぶすために、その取材内容をあたかも自分たちの発見であるかのように装って謝罪会見したようです。謝るのも週刊朝日に報道されたからではないとしたいらしい。

それからこの記者が書いているように、新聞が週刊誌によるスクープを追いかけるときに、元ネタの雑誌名を隠すのは、どんなもんか。少なくともその行為自体は、他人の仕事に対する敬意に欠けていると評されてもしかたない。

謝罪会見を「スクープ報道潰し」と批判した日刊ゲンダイの記事は、1月23日号の《突然の社長会見の姑息》。

▽ 関連して、朝日新聞1月27日朝刊《健康情報「踊らされぬ目を」》という記事に紹介されてた小内亨医師のサイト。

健康情報の読み方 http://www.page.sannet.ne.jp/onai/

「怪しい言葉」のコーナーで「血液を浄化する」「自然治癒力」といった宣伝文句のいかがわしさを説明してます。小中学校の理科を徹底すれば欺されないはずですが、こういう一見科学的にみえ流行で使われ出す言葉には私たちは欺されやすい。懐疑精神はこういう言葉に対して発揮されねばなりません。

この朝日の記事では情報の信頼性を見抜くための鍵をいくつか示しています。検討のため引用します。

①《国立健康・栄養研究所の梅垣敬三・健康食品情報プロジェクトリーダーは、「どんな食品も、濃縮などしないかぎり、特別な効果が出るほど特定成分を摂取するのは難しい」と話す。同じ食品ばかり食べると、健康に必要な他の成分が不足する。食材をバランスよく取ることが大切だ》。

②《ある研究で効果が報告されても、「一つや二つの論文で科学的証拠として固いというのは早すぎる。多くの研究で結果が同じであっても将来覆されることさえある」(梅垣さん)という。》

引用文①は、言われてみれば当り前。特定成分は多くの成分のうちのわずかなものですから。特定成分をとるという矮小化された目的で、健康にいいという宣伝文句につられて買った食品に特化して食生活を続けると、その特定成分が与えるかもしれない未知のマイナスの影響や、他の成分によるマイナスの影響を被るリスクを高めます。もちろん成分全体のバランスが大きく崩壊します。

引用文②は、ある成分が心身に対してある効果を有する、ということを実証する研究が数年にわたって複数本学術論文で発表されたとしたって、暫定的に扱われ、断定できないこともあるんだよ、それくらい厳密な研究は厳しい、ということです。

お気楽なバラエティー番組の実験もどきの見せ物で「証明」などありえない話でしょう。

テレビを観て翌日スーパーに駆け込むこともそうですけど、サラリーマンが自己啓発本にはまって、自分を肯定しよう、自分の脳を大切にしよう、心の持ち方でカネが増えて負け組になりませんように、とかヘンな念仏を唱えることもオカルトや疑似科学の類。「自由貿易」「規制緩和」「伝統」「規範意識」とかいう呪文はもっと影響力が大きい。

懐疑精神を自覚することが重要なのは納豆食い過ぎをとめるにとどまるものではありません。国政上の詐欺師や山師たちによるメディア操作を見抜くことにこそ、リテラシーや学問的批判精神の意義もあります。

消費者がリテラシーを高めることも必要であって、そのための消費者教育・啓蒙も今以上に充実が求められているわけですが、問題は消費者としてのありかたにとどまってはおらず、社会を構成する市民としてリテラシーを鍛えることではないでしょうか。大きくまとめてみました。

もう一つ大風呂敷を拡げますと、〈食の安全〉問題という形でも、社会的生産過程の社会的な制御の重要性が露わになっています。公共的に情報を集積していく活動の発展はこの意味で捉え返すのが社会展望上大事かと。

「健康食品」の安全性・有効性情報
独立行政法人 国立健康・栄養研究所 : トップページ
by kamiyam_y | 2007-01-30 11:58 | メディア資本と情報化 | Trackback | Comments(0)

ネズミとお菓子工場5

菓子箱に虫が入っても、「情報」には入りませんし、腐ったケーキは味と臭いで分かりますが、「情報」は舐めてみることもできません。ついでにいえば、菓子屋は潰れてもテレビ局は潰れず、ユスリカ混入によって菓子屋から創業者一族が追い出されても、「事務所費」疑惑によって国政にすむ病んだ人々が追い出されることはないようです。

《大手菓子メーカー「不二家」(本社・東京)の菓子箱に虫が混入するトラブルが05年に発生していたことが18日、わかった。》asahi.com:不二家のスナック菓子 05年、箱に虫混入

沖縄タイムス社説 2007.1.22

「あるある大事典」は、測定やら大学教授のコメントやら架空のものを垂流したわけです。ここで「情報」という商品の欠陥を、菓子箱にユスリカが眠っていた事件と比較するのは野暮というべきでしょう。

「レタス快眠作用」もねつ造、実験担当の教授が指摘 YOMIURI ONLINE
livedoor ニュース - [番組ねつ造]98年放送「レタス快眠」も 実験の教授証言

によると、捏造は以前にも。マウスの実験ではレタスを食ってもよく眠れるというストーリーは裏付けられなかったのに、番組では、実験内容は改竄され、レタスを食うとよく眠れるという話にされていたのだそうな。

長村洋一教授のもとの発言(健康食品管理士認定協会)には、「所さんの目がテン」という番組のディレクターは対照的に番組を断念したというとりあえずふつうの話もあります。

「イソフラボン」ではなく、「集中力を高める石」や「お金がふえる石」「彼氏とうまくいく石」であれば、だれでも気休めのための迷信とわかるでしょうし、わからない人は「ダイエット効果のある焼け石」ならわかるはず。

迷信は疑似科学と地続きであるという命題は措いておくとしても、情報番組に呪文や祈祷はあってならない。やはり「実験」なのですね。

事物に潜む本質を知るさいに私たちが「実験」を用いる場合があるのは、仮説を肯定するためにではなく、批判するためにです。というか、反対材料を検証することによって肯定(実証)するのであって、反証によって仮説の誤りがわかればそれも前進です。

もともと、ある物語を主張するために情報を得ようとすると、捏造や改竄はしなくても都合のいいデータのみもってくる、という落とし穴にひっかかります。だからどんな実験も怪しい、のではなく、だから、実験は厳密に、です。

主観に都合のいい話ではなく、対象の側を知る。そのためには主観がおちる落とし穴をできるだけ避けるために、知をコントロールする。実験手続きは知の手続き。

私たちは、都合のいい材料だけしか覚えていないといった振舞をふつうにしてますから、それを自覚的に制御するために学問や科学といった知の手続きが共有されてるわけで。

様々の要因をコントロールしないでほんの数人のデータだけで結論づけるお芝居自体が、捏造以前に無限に捏造なのだというべきでしょう。これを正当化するのが「バラエティー番組」という名称ですが、捏造とあっては正当化できない。不祥事が正常化への道を用意する契機になるのは不二家もフジテレビも同じか。

明日も労働力を売るために、科学を応用して身体の維持に努めようとする振舞自体は当然のことですし、私も健康ドリンク好きですけど(笑)、食品どうしの組み合わせからも、成分のマイナスの影響からも解放されて、たった1つの成分だけで御利益があると考えること自体おかしいです。

安心を得られればウソでもいいのだとする消費者の欲求が、このような捏造の土壌にあるのだとは言うまいと思います。けれども、利潤追求の圧力がモラルや法という社会的基準の衣を破ってしまうという病が商売界に蔓延するのも、消費者の批判意識が眠り込む度合いに依存しているようにはみえないでしょうか。捏造がばれたおかげでまあ、正しい知識を得る消費者の権利はその分覚醒したのかもしれませんが。

番組の情報が特定業者に放送前から流されていたという、番組の広告化には触れないでおきます。

asahi.com:〈裏切りの演出:上〉「あるある」事件、健康志向の果て-テレビ・ラジオ-文化芸能
by kamiyam_y | 2007-01-28 23:02 | 消費者の権利と社会的労働 | Trackback(1) | Comments(0)

ネズミとお菓子工場4

おれっち不二家のチョコの買い占めに走ってしまいました。

という噂が一部で流れたよう。先週不二家のチョコを大学生にあげました。そしたら、その学生たちが後になって、「美味しかったんで、生協に買いに行ったけど、なかった、先生が買い占めたんでしょ」と言うのですよ。まちがった仮説です。

まあ、こんなふうに気に入ってくれる消費者もいるのですから、不二家再建は全国のチョコに目がない大学生たちにとって政治課題でしょう。

http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20070122/eve_____sya_____001.shtml

不二家を立て直したい若者は、「外部から不二家を変える改革委員会」に入ったらいいんじゃないかな。誰でも入れるわけではないですけど。

誰でもが委員会に入れるわけではなくったって、不二家はチョコ好きな人々の共有物です。働く人々のものです。チョコづくりによってチョコ消費者の欲求を満たし開発する人や、チョコ消費によってチョコ生産者の創意を引き出す人たちをふくんだ働く人々のものです。そうでなければ「外部」の「委員会」なんて要らず、不要な私的生産体は市場から撤退し潰れりゃいいだけの話です。

ですから、企業の危機はすばらしいなと。危機こそが、社長の座にしがみつきたい藤井一族からその権限を剥奪しました。危機からの脱却のために、私有財産権にもとづく藤井一族の私的専制を解体しました。市場(資本)による無慈悲な資本家追放です。

チョコづくりを含む社会的生産過程を人々が自分たちのために管理していくためには、藤井一族を排除せよ。

見るべきは、企業の危機が、企業を近代化し、企業の近代化が即座に革命なのだという歴史のダイナミックな弁証法であり、あるいは、私有財産だというタテマエを維持しつつ、それとは分裂的に公共化してしまう生産発展に潜む矛盾であるというべきでしょう。
by kamiyam_y | 2007-01-25 23:28 | 消費者の権利と社会的労働 | Trackback | Comments(0)

資本の現インド的姿態

『ビッグイシュー日本版』63号(2006.12.15)の「世界短信」欄にちょっと注目。「インド、児童労働法の不十分な施行」という記事です。『ビッグイシュー』はホームレスの仕事づくりを目的とするストリートペーパー。ビッグイシュー日本版

記事は、10月からインドで《14歳未満の子供が使用人として働くことを禁ずる法律》が施行されたが、14歳以上が対象外であることなどから《効力が弱い》と指摘します。使用人として働く子供の《多くが低賃金あるいは無賃金の長時間労働を強いられている。学校に通えず、あらゆる虐待を受けても助けを求められず、解雇された場合は住む場所さえ失う》。

学校教育を受ける権利が奪われ無権利状態にある子供が、さらに解雇されて路上に投げ出される、ということをこの法律は阻止できないということでしょうか。

児童労働禁止法の対象職種に、家事労働と飲食店労働を加えたらしいです。

アーム通信(海外会員インドだより) インドの児童労働法の強化 :3

何百万人もの子供がこうした労働分野で働く状態が事実上定着しているのですから、禁止令だけで解決する問題ではなく、このブログが訴えているように、禁止によって職を失った子供がさらに悪化した生活環境のなかに放り出される危険性は当然あるでしょう。

新児童労働禁止法、取り締まり強化を明言 - インド AFP BB News - BETA -

「世界短信」欄のもう1つの記事「コスタリカ、世界初の平和省設置国に?」も気になりますが、やめておきます。
by kamiyam_y | 2007-01-24 19:42 | 現代グローバリゼーション | Trackback | Comments(4)

巫女

紅白は自分の好きな歌い手さんのところだけ見てました。ひま人にいちいち謝罪するなとNHKにいっても無理なんでしょうね。

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紅白歌合戦:NHK会長異例の謝罪-テレビ:MSN毎日インタラクティブ
紅白歌合戦:NHK会長異例の謝罪

 昨年大みそかに放送されたNHK紅白歌合戦の“裸ダンサー”で物議を醸しているDJ OZMA(年齢未公表)の演出について、同局の橋本元一会長が4日、職員向けの年頭あいさつで異例の謝罪を行った。

 橋本会長は年明け恒例の職員に向けた年頭あいさつで、紅白の演出について言及。「私は“家族団らん”をもっと大切にしたいと考えています。そうした意味で昨年の紅白歌合戦では、一部に残念なパフォーマンスがあり“これがNHKの品格か”と厳しい意見をいただいた」と苦言。

[中略]

 今回の騒動をめぐっては、元日の午後11時まで、東京の視聴者コールセンターには約750件の抗議や問い合わせが殺到。NHKは謝罪コメントをHPなどに掲載している。[後略]

スポーツニッポン 2007年1月5日

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揺れ具合、柔軟度、光の反射の仕方から即偽乳と見破れないのか。

って自慢することでもないですけど。

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元旦に稼げるバイトっていろいろありましょうが、筆頭に挙げるべき職務は何か。

やはり巫女でしょ。別にコスプレーヤーだとか、神道信者でなくてもバイトする女性がいるのは、貨幣の力ゆえ。貨幣という、人々を結びつけるみえない紐が生きているからです。

初詣客でごったがえす神殿に3日のあいだ巫女の格好をして店泊すれば、60万円ちかくもらえるそうです。あくまでもたった一人の人から聞いた話ですが。

効率よく「利潤」を獲得できるのはお祓いだそう。不変流動資本(原材料費)はないに等しいですから。

賽銭箱に入ったカネもそのまま天の神々が取りに来るまで捧げられているわけでは決してなく、裏にある作業室にそのまま流れていきます。そこに三が日は銀行員が来て仕事してるんだそうですよ。貨幣取扱資本(貨幣管理業務)は資本主義以前的なものともくっつきます。


「人間は宗教を公的権利から私的権利のなかへ放逐することによって、己れを政治的に宗教から解放する。人間が-たとい限られた仕方で、特殊な形式のもとで、そして或る特殊な領域のなかでではあるにせよ、-類的存在者という在り方をし、他人たちとの共同において生きる、そのような領域が国家であってみれば、宗教はもはや国家の霊ではあるのではなく、エゴイズムの領域、ベルム・オムニウム・コントゥラ・オムネス〔万人の万人に対する戦い〕の領域である市民社会の霊になった。それはもはや共同という在り方ではなくて、区別の在り方である。それは人間の、その共同性からの分離、自己および自余の人間たちからの分離の表現となった」(マルクス「ユダヤ人問題のために」真下信一訳、国民文庫。引用文中の強調点は省略)


信教の自由とは、生身の人間たちが宗教王国から独立して建国することです。

「自由に世界中を飛び回って商売したい。それがたった一つの竜馬の革命を起こす動機だった」と爆笑問題の太田光が的確に書いているように(『トリックスターから、空へ』ダイヤモンド社、2006年、22頁)、市民革命は自由な商品交換を封建制の軛から解放することでした。国の掟や王権の形をとった宗教権力にかわって貨幣が自由に飛び回ること。信心を私的な選択事項にすること。

人間が自分たちの政治という形をつくり、信心の支配から脱出する。この政治的な統一(「国家の霊」)、政治的自由とは、市民社会における人間の分裂によって可能となっています。こうなると、信心はこの分裂の表現であり、分裂をまとめる金銭関係がとる姿になります。

金銭関係の発展は、1つの信仰による結びつきを不要にし、かわってみずからを信仰の客体にまで高めます。多くの信仰の需給を媒介し、多くの信仰を商品として流通させる労働の力といえましょうかね。フィギュア、占い、ギャンブル、なども金銭によって需給が媒介されるプチ信仰。

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巫女の給与60万円て、高いでしょうか?1日あたり20万円はたしかに高い。けれども、稼げるのはこの時期だけ。年収60万とカウントしたらたいしたことない。多い少ないを基準なしに語るのは無意味です。

750もの抗議と民放はワイドショーで騒いでましたが、750人の組織で1人1回電話すれば達成できるぞ。しかも各市町村に1人もいません。道徳という分裂した社会関係を前提にしたOZMAの笑いからすれば、狙い通り。NHKは視聴率に貢献したOZMAに感謝すべきでしょう。「アゲアゲEVERY☆騎士」オリコンチャート再浮上らしいし。


OZMA視聴率「アゲアゲ」大貢献(スポーツニッポン) - goo ニュース

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OZMA視聴率「アゲアゲ」大貢献
2007年1月5日(金)06:13

* スポーツニッポン

 スポニチ集計によるNHK紅白歌合戦の歌手別視聴率では、DJ OZMAは43・8%を叩きだし、午後10時台では断トツ。視聴率的には公約通り貢献した格好になった。
[後略]

by kamiyam_y | 2007-01-08 23:56 | 資本主義System(資本論) | Trackback | Comments(3)