さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

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子供の権利と外国人労働者

こんどはキッチンシンクの排水口のなかから何かの芽が出てきました。果物か穀物か。これは水を吸っているのでエアプラントとは言えません。まいったな。

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安倍も小泉も参拝すべし

今朝の朝日の一面、旧厚生省による合祀案の記事でした。

asahi.com:靖国合祀、国主導の原案 「神社が決定」に変更-社会

 
……「厚生省が合祀者を決めて神社に通知する」「合祀事務の体系は(靖国神社が国の管理下にあった)終戦前のものに準じる」と記している。新憲法の政教分離原則に触れる疑いが濃く、……


靖国運営が軍の業務であった戦時下の体制を引き継いでいるわけですから、疑いが濃いどころか、明確に戦後憲法と抵触してます。

靖国といえば、総裁戦で谷垣が「消費税引き上げ」「アジア外交重視・靖国参拝停止」を掲げて立候補表明しました。

asahi.com:谷垣氏が立候補表明、麻生氏も意向表明 自民総裁選-政治

消費税はあとからこっそり引き上げるより、最初から明言している方が正直。アジア外交修復も対立軸が鮮明かとは思いますが、どうせ安倍になるなら安倍で、その本性を明かしてもらったほうがいいかとも最近かんじてます。

『月刊現代』8月号の国平修身「政界ディープスロート 『安倍総理』へ」によると、小沢・民主党としては、阿倍のほうが対立軸がハッキリして組みやすい、という意向があるようです。「来年の参院選」で「自公を過半数割れに追い込める」と小沢が語ったよう。わからなくもない。

グローバリゼーションと子供の権利

同『現代』は他にも読んで損のない記事がありましたが、とくに姜誠「『外国人GAKKOUが浮き彫りにする『ご都合主義』」が、海外に国籍のある日本の住民の子どもたちが、教育を受ける権利を実現できないことについて問題提起をしていて、面白かった。現状は放置。外国人の子供に対して教育の機会を制限しているのはまったく時代遅れです。
by kamiyam_y | 2006-07-29 15:23 | 現代グローバリゼーション | Trackback(1) | Comments(0)

労働者の権利とグローバル化 公務員の基本権、東京新聞JCJ大賞など

暑かったわ。冷房なんてないので、職場では、「会議室に睡眠ガス撒いて、会議をやめさせよう!」という共謀が成立してました。

家に戻ると、暑さのせいでおきっぱなしにしていたジャガイモから、芽が20センチ以上伸びてました。すでにそれを芽とは呼ばないし、暑さのせいではなく、おいていた時間のせいだろうという説もあるのですが、さすがに道産の芋は生命力あふれてます。野菜のエアープラント化を趣味にしてはじめての快挙です。

販売系のサラリーマンが、職場に労基署から勧告があって、12時までしていた仕事が8時になったことで、無駄な仕事をしていたことが分かった、と言ってました。8時で帰るようになっても、以前と売上げは変らないんだそう。そんなもんでしょ、たいていは。

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残業関係で、気になったニュースを2つ。

1つは、ネスカフェのネスレ、グローバル・コンパクトに参加してるくせして粉ミルク事件のネスレです(暮らし・ネスレ社が標榜する「企業の社会的責任」の欺瞞)。

組合がOECD多国籍企業行動指針(外務省仮訳)違反でネスレをスイスのナショナル・コンタクト・ポイントに訴えたところ、おそらくそれもあってか、

3. 1ヶ月の所定労働時間を超えて勤務する場合、越えた時間は時間外労働。


と書かれた社内告知を会社側が出したらしい。ネットも国際機関も有効に使える時代です。

http://www.croceviaterra.it/contadini/cpe/oecd_complaint_nestle_swiss_ncp.pdf

ネスレをOECDに提訴
ネスレ争議の最近の重要な変化のあらわれ:レイバーネット
ネスカフェのネスレとCSR: ネスレをスイスにOECDで提訴
ネスレの社会的責任 - アムネスティがネスレOECDに訴えられるを紹介している

地球規模で活動する資本に対しては、国内的規制だけではなく、地球規模での合意を規制の根拠にしていくことがこれからはますます重要になると思われます。資本のグローバリゼーションに対して権利のグローバリゼーションが働く人々の武器になるはず。

2つめは、公務員の基本権をめぐるILO勧告。アサヒ・コムでみつけた記事です。行政改革推進本部が発足させた専門調査会では、公務員の基本権をめぐる連合の要求は実現困難だろうという内容。

asahi.com:公務員労働基本権の制約、具体論先送りの様相 調査会-政治

連合はILO勧告をテコにして、政府に実行を迫る足がかりとなるこの場の設置に、小泉政権が進める公務員削減に応じることでこぎつけた。……

だが、政府は「基本権制約は給与に関する人事院勧告などで補っている。ILO勧告通りにする必要はない」(高官)と強気。……


これでは、結局、削減だけされて基本権保障はなされない、欺されたようなものだ、ということにもなりかねません。政府は真剣に対応すべきです。

ILOの最新情報・お知らせをみますと、、3月の第295回理事会では次のように日本の公務員の権利制限が審議されています。

現在提案されている公務員制度改革が労働者団体と十分な協議がないまま進められ、公務員の労働基本権が依然制約されたままであるなどとして、連合や全労連などが行った申立も審議され、2002年11月、2003年6月に続く三度目の中間報告が出されました。委員会は、当事者間の対話の場の設置に関心をもって留意するとした上で、公務員制度改革並びに条約に含まれる結社の自由原則に沿った法改正に関し、早急に合意に達することを目指し、現在見られる努力の追求を強く奨励すると共に、協議の内容に公務員の労働基本権付与や消防職員・刑務所職員の団結権付与の問題などを盛り込むことを求め、今後も継続的な情報提供を要請しました。


ILO、日本に公務員への労働基本権付与勧告 : ニュース : ジョブサーチ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
連合|公務員制度改革に関するILO勧告に対する談話(事務局長談話)

いうまでもなく、これも地球規模での規制が権利の実現に不可欠という文脈でおきている事件です。

ちなみにアスベスト規制の条約は1986年に採択されているのに、日本が批准したのは昨年。労働現場の安全確保に対する意識の遅れを感じさせます。

最後にメモっておきたいのは、東京新聞JCJ大賞受賞。「こちら報特部」は共謀罪関連の特集記事を19回も掲載したそうで、私はその一部しか見ていないので、これから探してみるつもり。

日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞
スポニチ Sponichi Annex 速報
by kamiyam_y | 2006-07-28 21:37 | 企業の力と労働する諸個人 | Trackback | Comments(0)

地球の開発

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by kamiyam_y | 2006-07-25 23:04 | 労働論(メタ資本論) | Trackback | Comments(0)

日経の昭和天皇靖国発言メモ

富田メモの衝撃

よくはわからないが、火炎瓶らしきものが日経新聞本社に投げられた、と。

Excite エキサイト : 社会ニュース

「昭和天皇発言メモ」を掲載して以降の日経新聞はちょっと面白いです。

政治・昭和天皇発言メモ 戦後の総括を迫る価値ある史料:janjan
政治・富田メモ―「政治問題化」を超えて:janjan
富田メモ 天皇『発言』の重み
好みも語らず 側近日記が頼り:東京新聞


日経のスクープ(20日1面、3面、社会面)は、昭和天皇が靖国批判を語ったことを証言するメモを入手して発表したのですから、なかなかのインパクト。

88年に宮内庁長官であった富田朝彦氏が昭和天皇の発言を書きとめたこのメモのなかには、合祀を差止めた筑波宮司を高く評価し、合祀をした松平宮司を批判する言葉が綴られているほか、

「A級が合祀され…中略…だから、私あれ以来、参拝していない……」

とあります。

社会関係としての戦前の天皇の戦争責任(→沖縄タイムス)は別として、昭和天皇の個人的な思いが述べられていることにはまちがいなく、天皇の個人的見解という歴史学的論点について有力な証拠が発見されたと言っていいのではと思います。(とはいえ、日経がこれを出してきたのも、グローバル企業の平均的利害を代表して、参拝批判のスタンスを強めるためであるばかりではなく、参拝批判の正当性根拠として積極的にこれを出したと仮定するならば、天皇の権威を崇拝する国家主義的な傾向に対してこういう天皇の発言が有効だとしても、靖国参拝論者と同じ地平に立つことになる危うさがあるんじゃないか。そういう気分もあるんですけど、ね。)


グローバルで復古的な小泉純一郎


アメリカの金融的な資本主義が主導するグローバルな流れを推進する小泉政治を日経が支持するのも、日本の資本のうちグローバル資本になろうとしている部分の利害を彼が先取りして体現しているからでしょう。この利害にとって靖国参拝は面倒な障害物です。この点では日経にとって総理の参拝はとっても困るわけです。日本の大資本にとって、アジアを舞台とするビジネスを展開することは至上命令のはず。

Excite エキサイト : 政治ニュース
asahi.com:小泉首相、天皇発言の「影響」否定 靖国参拝-政治

「宗教法人に対して、あああるべきだ、こうあるべきだと政府としては言わないほうがいい」というのはそのとおりです。しかしこの言葉はそのまま小泉の行動を批判するようにみえます。

小泉がもちだす内面の自由とは、一面では、人間社会の分裂を、人間どうしの孤立を、共同体の解体を意味していて、それ自体はとても貧しい自由です。しかし、抽象的で無内容であるがゆえに、みな平等に《妄想》を信じる自由があるわけで、とりあえず、内面の自由を持ちだすのはよいことでしょう。個人がまったくばらばらに見える現代こそ、じつは個人の人格的属性から社会関係を純粋にモノの力として発展させているのであり、小泉の信じる妄想は、まさにグローバルな経済の展開によって保証されている。しかし、この展開にとってまったく不要となってしまったら、たぶんこの妄想の社会的意味はなくなる。

外敵やら内敵やら、愛国心やら 公党のトップ

政治的支配層が外敵を強調して民衆を抱え込もうとするのはふつうの話とはいえ、この手の妄想を安倍晋三のレベルにまで落として見ると、知性のかけらも見いだされない、愛国心教育という、物悲しい話になります。

で、新聞紙上でやたらとみかける自民党総裁選の記事。原発問題で独自の発言をしている河野太郎の立候補があれば面白いとはいえ、そもそも、一政党の総裁選に公共的な意味があるのか。

あるのなら、国民全体で投票したらよいでしょう。例えば、党員数10万人以上の政党は、《公党》として国民全体に対して開かれるべき、とか。われながらよい案ですが、もしこれに反対して、政党も私的自治組織というならば、新聞やテレビで総裁選を煽るのはおかしな話で、民主党もその他の政党も無視して総裁選ばかり報道するのはヘンじゃないですか。
by kamiyam_y | 2006-07-23 15:48 | 民主主義と日本社会 | Trackback | Comments(0)

「無法地帯」

サービス残業についてこのまえ触れたほか何度が言及していますが、それは単なる告発のための告発やますます絶望的だという悲惨な貧乏物語としてではありません(逆に「私は自発的にサービス残業して楽しい」からそれは個人の効用を充たしていて社会問題ではないなどという、関係性の水準を理解できない議論がもしもあるとしたらもちろん論外)。

そうではなく、労働の発展という私たちの協同的な基礎を、この現象が逆説的に示しているからです。自由時間増大という人間的豊かさの基本条件を人々が発見できるのも、資本という大きな関係性が、この条件を、潜在的に実現可能なものとしてつくりだしながらも、直接には、それを限界づける残業への圧力として作用しているからです。

また、「サービス残業」という現象は、労働の発展と労働の抑圧という資本主義の矛盾した展開を一般的に示すだけではなく、その日本的な後進的なありようをも示す点で論じる必要があるからです。

アサヒ・コムから。

asahi.com:学生のサービス残業-経済気象台-ビジネス

ゼミの学生がサービス残業で困っている話。

……しかし法で定められた「本人の同意」も「労使の合意」もないままに、「裁量労働」が限りなく広がっているのが現実ではなかろうか。

 バブル崩壊以降の日本の職場は一種の無法地帯であったといってよい。景気回復は職場のそうした「陰」にも日の光を当てるだろうか。(遠雷)


この筆者が言うようにサービス残業の蔓延は「無法」状態です。

私のゼミでは、「サービス残業なんてうちの職場では考えられない」という学生からの声もありました。看護師です。人の命を預かるから、という理由もあるでしょうし、夜勤が多いため、時間管理は曖昧にはできない、というのもあるのでしょう。

学生をはじめとする価格の低い労働力を使うことで経費削減をして、さらに賃金不払によって経費削減。

契約のない状態で企業権力によって徴用されているようなもんです。企業権力に対してサラリーマンが年貢を納めちゃってるとも言えます。それがサラリーマンを企業権力の潜在的主権者として示していくわけです。
by kamiyam_y | 2006-07-20 19:57 | 企業の力と労働する諸個人 | Trackback | Comments(0)

知識労働と賃金不払

蒸し暑くて、暑さは肩こりにはよいとはいえ、昼間から冷たいビールを思い浮かべて仕事しちまうな。かき氷と、ゆきむしスフレ食った。うまかったです。

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短期開発で増加!「サービス残業」減らないのはなぜ?/Tech総研
という記事で、「サービス残業」についてコンピュータの技術系の労働者500人に行われたアンケート調査の結果が紹介されている。

35%はサービス残業をしていない点に私は着目。自然物を直接変形・加工する労働に比べて頭脳労働の産物は不明確だから時間で割りきれないという労働の変化が、賃金形態の変化の理由としてあげられるかもしれないが、それは法律違反である賃金不払の理由にはならないだろう。ソフトウェア開発のような分野でもサービス残業のない企業もあるのだから、サービス残業が蔓延している企業は、コンプライアンスが不徹底といわねばなるまい。

この不徹底の原因を探っていくことが、社会システムの制御という問題を明るみにだすだろう。「個人では制御できないものになりつつある」「“半強制”の実態」「企業と個人の“不平等な”関係」といった表現が記事に見られるのも、この問題が感覚的に認知されているからにほかならない。

サービス残業の一番多い理由が「一定時間を超えると残業手当がカットされる」というのは、いうまでもなく、コスト削減のために違法行為をしているということだ。合法的な削減ではなく、法律を破ってまで他人の時間を収奪することが蔓延しているのである。

Open Tech Press | iCommonsとフリーカルチャーへの友好的提言

企業の社会的責任に前回触れたが、営利社団法人の形をとらない組織もまた、その社会的存在意義が問われてくる時代である。NGOの社会的正当性の補強として、ILOの協定にのっとっている企業の産物を購入することがこの記事ではあげられている。途上国の強制労働の産物は社会的倫理に照らして買わない、という選択は、解決の即効薬ではないが、商品に対する一種のラベリングをすることによって、市場を通じて社会の未熟さを縮減していく手段の1つではある。

その他:サービス残業|知って得する労働法
by kamiyam_y | 2006-07-14 19:40 | 企業の力と労働する諸個人 | Trackback | Comments(0)

CSR(Corporate Social Responsibility)と市場の制御

企業の利潤追求が社会的に放置されている状態は企業の正当性を担保できない。「自由放任」イデオロギーは現実の抽象的な部分でしかない。利潤追求の方法が社会的に問われる時代である。それは、市場に対して、部分的にであれ市民がその運動を自覚的に制御する形で関わることを意味する。たとえば先進的な企業は「児童労働」廃絶のキャンペーンをアイデンティティの1つに取りいれている(ほっとけない 世界のまずしさ)。

とはいえ、そうした企業社会の社会的存在としての承認要求は、たえず企業社会の実態によって裏切られる。この裏切りが逆説的に、企業社会に対するその社会性の合意を鮮明にする。資本主義システムのこの現代的な生成運動が、日本ではさらに特殊な様相をまとっているといってよい。

ITmedia エンタープライズ:CSRを分析すると見えてくる「日本的問題」 (1/2)

企業の社会的責任(CSR)がなぜ日本ではタテマエとして実際の利潤追求から乖離してしまうのだろうか。「個人責任」ではなく「組織」の「無責任の構造論」こそが問題だとこの記事の著者は主張しているようだ。論じる余裕はないけれども、CSRが問題となることはとても先進的に思える。

企業が自らの社会性の認知を要求することは、ほんとうは生産過程における労働がその社会的意義を主張することだ。労働よりも企業が主語になる限界はあるけれど、私企業の社会的責任が論じられる時代は、労働の社会的発展が私的交換経済の古い枠組を突破してしまったことを意味している。
by kamiyam_y | 2006-07-12 18:02 | 企業の力と労働する諸個人 | Trackback | Comments(0)

「人間の安全保障」

昨日のエントリーに補足です。

アマルティア・セン『人間の安全保障』(集英社新書、ビーケーワン)。

人間の安全保障委員会『安全保障の今日的課題―人間の安全保障委員会報告書』(朝日新聞社、Amazon.co.jp)。

ヌスバウム/セン『クオリティー・オブ・ライフ 豊かさの本質とは』(里文出版、セブンアンドワイ)。
by kamiyam_y | 2006-07-11 17:24 | 現代グローバリゼーション | Trackback | Comments(0)

生産過程の安全保障 塵肺訴訟によせて

今回のトンネル塵肺訴訟最初の地裁判決は、2004年の炭坑塵肺訴訟最高裁判決を踏まえて、トンネル塵肺にも国の賠償責任を認定し、国の責任を追及する流れをいっそう強めたものとして評価してよい。原告5人の請求を退けた点(愛媛新聞社ONLINE)は批判すべきだろうし、安全配慮義務違反が認められなかった点にも検討すべき余地が残るかと思われるが、規制権限行使義務違反が認定され(神戸新聞Web News)、この問題に対する国の責任がますます明確にされたという点は確かな成果だと思う。

愛媛新聞社ONLINE
7月8日付・読売社説(2) : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

両社説が論じるように、判決は国の「不作為」を「指弾」して劃期的である。「粉塵濃度の測定」の早急の義務づけが求められていることも、社説の指摘するとおりだろう。

塵肺患者の苦しみを伝えているのは、朝日の記事(asahi.com: 「私たちは使い捨てか」 トンネルじん肺患者の怒り届く-健康)である。トンネル工事にいわば生涯を捧げてきた人が塵肺で苦しむ様子がレポートされている。

人々の共有の富をつくりだすために自分の労働力を提供し駆使してきた人が、劣悪な労働環境の犠牲になってしまう、というこの悲劇を根絶していく努力がなければ、先進国であろうと途上国であろうと、決して自由で民主主義的な社会とは言えまい。悲劇の根絶に向かって民意を実現していくことは、人権の実現によって正当化されるべき近代的な共同社会が果すべき当然で基本的な課題である。

課題の遂行がさらにその困難さを公開するかもしれない。しかし、国連の「人間の安全保障」という国際社会の理念を想起し「安全保障」という言葉をつかうならば、直接的生産過程における生命の防衛こそは、安全保障のもっとも基本的な課題であるというべきである。この課題は、生産過程の共同性という現代社会が生誕する世界を、人権にもとづいて制御すべき公共的なものとして公開しているのである。

参照:
Google 検索: じん肺
鳴潮(徳島新聞)
by kamiyam_y | 2006-07-10 18:14 | 企業の力と労働する諸個人 | Trackback | Comments(0)

臣民になる園児

教育勅語幼稚園で暗唱 戸惑う保護者も:東京新聞


まさか礼拝もしてるんじゃないだろうか。

古文暗唱したけりゃ、他にいくらでもあるって。

教育勅語

お国のために死にましょう、と書いてあるんですね。
by kamiyam_y | 2006-07-07 22:25 | 民主主義と日本社会 | Trackback(1) | Comments(0)