さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

資本の悶える自己共有化

▽ 先々週の雨宮処凛のトークですけど、貧困に喘ぐ現在の若者たちの「生きさせろ」という声を集めて連帯の運動をつくっていこうとする元気のよさがいいなと思いました。貧しさの現場を明るみに出す事例としては『信号機の壊れた「格差社会」』(佐高信/森岡孝二/雨宮処凛・岩波ブックレット・2008年)で紹介されてた話に加えて、さらにちょっと驚きの実態も暴露されてました。沖縄にあったコールセンターを中国に移し、そこに日本から派遣する、とか。身分と住み処によって仕事が決まっているわけではなく自分で決めるという形式を通す近代の自由を、貧困のなかに諸個人がつっこまれ、つれもどされる実態へと転換する資本の運動。

湯浅誠のいう貧困ビジネスって、搾取を解除するのではなく搾取に依拠したビジネスです。貧しさを資源にしながら貧しさを拡大再生産するビジネスが横行する貧しさ。

7号館D20番という設備のよい教室を会場としたおかげで、途中で流されたビデオも見やすかったんですが、宣伝の時間が短かったせいか、座席いっぱい満員立ち見にまではならず。とはいえ、教室は全体的にはうまってました。会場で私はビッグイシュー最新号を買いました。

▽ それにしてもすごいなって思うのは、金融商品の時価会計適用の一部凍結の動きです。企業を売買するグローバリゼーションのなかで推進された時価会計であったのが、今回の金融危機の波から企業を守るためには一部凍結という逆方向に即座に転換するのですから。

それよりも全体的で面白いのは、G7の行動計画を受けて、国有化に走る資本主義の反転ぶりです。巨大な投機的資本を消滅させ、生保を国有化させ、今度は銀行を国有化させる資本主義の荒々しい自己維持。資本に潜む社会的実態の力は、アメリカ合衆国政府をして金融機関への資本注入に突入させたってわけです。

注入ってなんかアヤシイですね。税金を金融資本システムにお注射します。

JPモルガンなど大手銀行が発行する議決権なしの優先株をアメリカ政府が円になおして25兆円も買いあげる施策ですが、市場原理主義的場面から突如その否定に飛びつく暴力的な回転の激しさにこそ資本というシステムの身悶えが示されてます。

剰余価値を吸収し、剰余価値を資本にし、資本を吸収し、剰余価値の請求権を蓄積し、請求権でギャンブルをし、蓄積のための蓄積をめざして社会による管理を否定する市場原理主義的ありようは、バラバラになった諸要素を暴力的に統一しようとする反作用によって引っ繰り返される。資本は溜まったバブルを資本の淘汰によって吹き飛ばそうとするが、架空な資本の踊りの沈静化は進みすぎてはならず、恐慌という統一が破壊力を発揮しすぎることは避けられねばならない。恐慌を抑えるためには「自由放任の終焉」的ありように、社会による管理という統一性に資本は手を伸ばす。

税金投入、国有化、国際協調は、実態としてつくられた経済についてだれのものか公共性をますます明らかに示すことになります。まさに資本は自由放任の否定にすがりつくことで延命するという現代的な展開じゃないでしょうか。
by kamiyam_y | 2008-10-19 20:18 | 現代グローバリゼーション