さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

理解のヒント(1) 社会的総資本の再生産と流通



資本論第2部第3部のキーワード3つについてだけですけど、メモってみました。


社会的資本の再生産と流通


資本の蓄積とか循環・回転を前提して、こんどは、産業資本全体がどう繰り返し生まれているか、です。

生産そのものは、個々の資本(資本家・企業)が勝手に利潤を目指して行います。この個々の資本の生産はもうみました。

産業資本全体の再生産は、個々の資本どうしのからみあいによってなりたっています。このからみあいってなにかというと、企業資本家のつくった商品の売り買いです。ていねいにいえば、生産物の形にある資本、要するに商品W’の取引(流通)のことです。

といっても、単に流通そのものをみるのではなくて、みるのは産業資本全体の再生産であって、この全体は、生産のために資本が配分されている編成があるはず。

式A
Ⅰ 6000c + 1500v + 1500m
Ⅱ 3000c + 750v + 750m

こういう式が出てくるわけですが、何を意味しているのかつかんでみます。

社会全体の資本は2つに分けられます。こんなふう。

生産手段生産部門(Ⅰ) 生産手段と労働力→生産物(生産手段)
消費手段生産部門(Ⅱ) 生産手段と労働力→生産物(消費手段)

生産手段は、人がじかに消費しないで生産で使われる道具や原料などで、消費手段は人がじかに消費するものです。

Ⅰの生産物は、Ⅰの生産手段とⅡの生産手段をふくみます。たとえば、小麦をつくるための肥料はⅠ用で、パンのための小麦粉はⅡ用というように。

Ⅱの生産物は、Ⅰの労働者と資本家向けのものと、Ⅱの労働者と資本家向けのものとをふくみます。

式はこんなふうにみます。

式A
Ⅰ 9000の生産手段=6000c + 1500v + 1500m
Ⅱ 4500の消費手段=3000c + 750v + 750m

生産物の形の資本が、成分としては、こうなっているわけです。で、この状態は、

式B
Ⅰ 生産手段6000cと労働力1500v
Ⅱ 生産手段3000cと労働力750v

の結果です。

式Aで、Ⅰの生産物9000は、生産手段6000分(単位は億円でも何でもいいです)の価値をふくむとともに、労働者の必須労働が生んだ1500vと、剰余労働が生んだ1500mをふくんでいます。Ⅱの生産物も同様です。

式Aは、生産の段階の式Bの結果。

課題は、生産物の段階の式Aから、売買を通じてどのように、式Bに戻るかです。戻れれば、単純再生産が成立です(剰余価値の分は資本家が全部消費してしまう)。

さて、

生産手段生産部門(Ⅰ) 生産手段と労働力→生産物(生産手段)
消費手段生産部門(Ⅱ) 生産手段と労働力→生産物(消費手段)

をおもいだして、式ABをみてください。

式A
Ⅰ 9000の生産手段=6000c + 1500v + 1500m
Ⅱ 4500の消費手段=3000c + 750v + 750m

式B
Ⅰ 生産手段6000cと労働力1500v
Ⅱ 生産手段3000cと労働力750v

式Bをみると、生産手段はⅠ6000c+Ⅱ3000c、つまり9000必要です。生産手段に対する需要ですね。これは式AⅠの9000の生産手段が売られて満たされます。供給されます。

労働力Ⅰ1500v+Ⅱ750v、2250は、Ⅱの消費手段を消費することで再生産されます。また、式Aの剰余価値Ⅰ1500m+Ⅱ750、2250は、Ⅱの消費手段と交換されて、資本家に消費されます。式Aの4500の消費手段は、Ⅰ1500v+Ⅱ750v、Ⅰ1500m+Ⅱ750mに等しい。

数値を省いてみると、
Ⅰc+Ⅱc=Ⅰc +Ⅰv +Ⅰm
Ⅰv+Ⅱv+Ⅰm+Ⅱm=Ⅱc + Ⅱv + Ⅱm

どちらも共通項を消去すると、
Ⅱc=Ⅰv +Ⅰm
という単純再生産の条件になります。Ⅰ(1500v + 1500m)=Ⅱ3000c ですね。

式A状態から、式B状態に移るには、取引は無数にあっても、大きな流れは3つです。

1)Ⅰc。6000の生産手段は、生産手段生産部門のなかで売買されます。

2)Ⅱv。750の消費手段は、部門内の労働者に買われます。貨幣は、Ⅱの資本家・会社から、Ⅱの労働者にわたり、Ⅱの資本家・労働者の手に戻ります。Ⅱmも内部の取引。

3)Ⅰ(1500v + 1500m)=Ⅱ3000cという部門間の取引。
1500の生産手段をⅠの資本家・会社が、Ⅱに売ります。Ⅰの資本家・会社は得た貨幣を労働者に渡し、労働者はⅡから消費手段1500を買います。のこりの1500も、資本家ⅠがⅡに売り、Ⅱから消費手段1500を買う。

これで式B状態に移り、単純再生産です。

要するに、生産手段9000のうち、6000が生産手段を生産する資本家・企業のなかで交換され、消費手段4500のうち、3000が消費手段を生産する資本か・企業のあいだで取引され、生産手段3000と、消費手段3000とが交換される、ということです。

こういう条件をはずれたら恐慌になるというバランスのお話ではないのですけれど、こういう再生産の運動は、結果的に貫かれるとはいえ、計画的に共同して遂行してるわけじゃないので、うまくいきませんから、再生産がうまくできない法則でもあります。うまくできないからうまくやることが暴力的になります。バラバラになった生産を社会的総資本の再生産として統一することが暴力的になります。再生産の条件は恐慌の条件でもあります。

単純流通の売りと買いの分離は、恐慌の可能性だったわけですが、それは、この資本の流通という内容を得て、恐慌の可能性としてより具体的になります。再生産の条件を貫くことが、分離した諸契機の暴力的な統一として、恐慌において実現するといえましょう。再生産は恐慌として実現する。売りと買いの一致は恐慌として実現する、ってわけです。
by kamiyam_y | 2008-01-24 18:29 | 資本主義System(資本論) | Trackback | Comments(0)
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