北海道の賃金不払 成長の原資は不払い労働にある
更新滞ってすみません。毎日訪問してくれてる人を想定して書こうと思うのですが (^^;)。
▽▽▽
マル激トーク・オン・ディマンドで、国民投票法案がとりあげられてました(第325回)。
http://www.videonews.com/asx/marugeki_backnumber_pre/marugeki_325_pre.asx
▽▽▽
北海道の賃金不払
何度も言うように、泥棒です。盗んだ物を返しておしまいということでいいのでしょうかね。
昨年度の北海道で、所定外労働の割増賃金を不払いにした労基法違反に対して、是正指導を労基署が行った結果、100万円以上の支払いを命じられた企業が、総額8億6千万円、91企業あったのだと。
北海道労働局 記者発表→ 北海道内における賃金不払残業の監督指導結果について
是正指導でおしまいか、という点はさておき、割増賃金を取り戻した労働者は5863人。244万4千人の雇用者数(2002年就業構造基本調査)からすれば、微々たるものじゃないでしょうか。どうみたってこの不払いは氷山の一角でしょ。
もう1つ興味深いのは、100万円以上の是正支払事案も、1000万円以上のそれも、17年度、18年度と飛躍的に増えている点です。
北海道労働局は、18年度の増大について、「景気低迷や競争激化に伴うコスト増加を人件費削減で補おうとする企業が増加したこと、及び、賃金不払残業を許さないという労働者の意識の高まりにより、労働基準監督署に対して企業の監督指導を求めて情報を提供する機会が増えたこと等」を理由としてあげています。
成長の原資は不払い労働にある
不払いが急に増えたというよりも、後者の告発増の方が要因としては大きいと思いますが、これは労働者の当然の権利です。権利からして、搾取は誰の目にも明らか。
権利は矛盾を映し出すカメラであり、労働者の発展を促す武器というべきですね。
損得からいっても、労働者平均15万円は大きい。
あからさまな、つまり法律上も搾取でしかないようなこういう不払いが生じるのも、個々の企業にとって、労働力に対して少なく支払い、労働時間を延長して労働の産物を多く得ようとする衝動が、競争のなかで外部からくる圧力として強制されるからです。
法律上正当な賃金であったとしても、経済の実態としては労働者は必ず自分の取り分以上のものを産出しているのあって、この実態があるからこそ、賃金不払い残業という病理が蔓延するのです。
この実態は、古代の奴隷と比べるとわかります。
土地・道具・原材料など労働に必要な物はすべて主人がもっています。奴隷は、これらをもとにして、奴隷は自分たちが消費する物をつくりだします。それに加えて、奴隷は、主人の分をもつくりだします。
奴隷という労働者は、自分たちの労働能力を維持するための生産物をつくりだし、いいかえると、自分たちが直接消費する生産物をつくりだし、さらにそれを超えて、自分たちが個別に消費しない剰余生産物をつくりだす、というわけです。
資本主義では、労働者が自分たちが消費する生産物よりも多くを生みだしているというこの点は、あいまいになります。貨幣の支配が介在するためです。貨幣が支配することは、労働者が土地やら主人やらと結びついていなくてもよいことであり、労働者が法律上独立していることです。つまり、法律上は搾取はいけません。貨幣の支配は建前として搾取はないというお約束をつくります。このお約束を破る理論はだから一部の人にとってはとても不愉快です。しかし理論は現実の絵ですから、このお約束は現実にも破綻します。
また貨幣の支配は、いったん生産物を企業の生産物として売り、それを貨幣に変えるという流れをとりますから、労働者は自分の働いた分だけを賃金と等価交換しているようにみえます。しかしこの見せかけも破綻します。
労働者の外部で自立しているかのような「利潤」「成長」なるものは、じつは労働者の労働の産物であることが露呈するのです。成長のための人間は、人間のための成長というその中身を実現することによって廃棄されなくてはなりません。
賃金不払現象は、成長が無償の労働による贈り物だいう点も明らかにします。というのは、利潤は企業の拡大と経済の成長に使われますから、賃金不払いによる利潤追求は、まさに成長のための成長を支える成長の原資が労働者たちの無償の労働にある点を公開するのだからです。しかも個々の労働者の孤立した労働ではなく結合した労働が成長の元手なのです。成長は労働者たちの共同の産物です。
成長はみんなのものです。しかしそれがみんなのものになっていない。ミート社の牛挽肉偽装も同じですよね。社会的生産過程の一部なのに私有の内部に隠されていることが問題の大前提なのでした。
前資本主義の生産を規定する経済法則は、生産物を個々の具体的欲求を満たすために消費することです。これに対して、資本主義に息を吹き込む経済法則は、価値増殖のための生産です。貨幣のための貨幣の増大にとらわれた生産として、資本主義という時代は、無償の剰余労働を飛躍的に拡大します。この働きのなかに資本主義の意味もあります。
賃金不払というあからさまな搾取が蔓延するには、それを推進する経済法則が存在しているのであり、この長時間労働への圧力も、「市場原理主義」が自然環境や、人権や、民主主義と衝突するという現代の限界問題の1つとして考えること。それが、現代の全体像をつかむことにつながるんじゃないでしょうか。
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マル激トーク・オン・ディマンドで、国民投票法案がとりあげられてました(第325回)。
http://www.videonews.com/asx/marugeki_backnumber_pre/marugeki_325_pre.asx
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北海道の賃金不払
何度も言うように、泥棒です。盗んだ物を返しておしまいということでいいのでしょうかね。
昨年度の北海道で、所定外労働の割増賃金を不払いにした労基法違反に対して、是正指導を労基署が行った結果、100万円以上の支払いを命じられた企業が、総額8億6千万円、91企業あったのだと。
北海道労働局 記者発表→ 北海道内における賃金不払残業の監督指導結果について
是正指導でおしまいか、という点はさておき、割増賃金を取り戻した労働者は5863人。244万4千人の雇用者数(2002年就業構造基本調査)からすれば、微々たるものじゃないでしょうか。どうみたってこの不払いは氷山の一角でしょ。
もう1つ興味深いのは、100万円以上の是正支払事案も、1000万円以上のそれも、17年度、18年度と飛躍的に増えている点です。
北海道労働局は、18年度の増大について、「景気低迷や競争激化に伴うコスト増加を人件費削減で補おうとする企業が増加したこと、及び、賃金不払残業を許さないという労働者の意識の高まりにより、労働基準監督署に対して企業の監督指導を求めて情報を提供する機会が増えたこと等」を理由としてあげています。
成長の原資は不払い労働にある
不払いが急に増えたというよりも、後者の告発増の方が要因としては大きいと思いますが、これは労働者の当然の権利です。権利からして、搾取は誰の目にも明らか。
権利は矛盾を映し出すカメラであり、労働者の発展を促す武器というべきですね。
損得からいっても、労働者平均15万円は大きい。
あからさまな、つまり法律上も搾取でしかないようなこういう不払いが生じるのも、個々の企業にとって、労働力に対して少なく支払い、労働時間を延長して労働の産物を多く得ようとする衝動が、競争のなかで外部からくる圧力として強制されるからです。
法律上正当な賃金であったとしても、経済の実態としては労働者は必ず自分の取り分以上のものを産出しているのあって、この実態があるからこそ、賃金不払い残業という病理が蔓延するのです。
この実態は、古代の奴隷と比べるとわかります。
土地・道具・原材料など労働に必要な物はすべて主人がもっています。奴隷は、これらをもとにして、奴隷は自分たちが消費する物をつくりだします。それに加えて、奴隷は、主人の分をもつくりだします。
奴隷という労働者は、自分たちの労働能力を維持するための生産物をつくりだし、いいかえると、自分たちが直接消費する生産物をつくりだし、さらにそれを超えて、自分たちが個別に消費しない剰余生産物をつくりだす、というわけです。
資本主義では、労働者が自分たちが消費する生産物よりも多くを生みだしているというこの点は、あいまいになります。貨幣の支配が介在するためです。貨幣が支配することは、労働者が土地やら主人やらと結びついていなくてもよいことであり、労働者が法律上独立していることです。つまり、法律上は搾取はいけません。貨幣の支配は建前として搾取はないというお約束をつくります。このお約束を破る理論はだから一部の人にとってはとても不愉快です。しかし理論は現実の絵ですから、このお約束は現実にも破綻します。
また貨幣の支配は、いったん生産物を企業の生産物として売り、それを貨幣に変えるという流れをとりますから、労働者は自分の働いた分だけを賃金と等価交換しているようにみえます。しかしこの見せかけも破綻します。
労働者の外部で自立しているかのような「利潤」「成長」なるものは、じつは労働者の労働の産物であることが露呈するのです。成長のための人間は、人間のための成長というその中身を実現することによって廃棄されなくてはなりません。
賃金不払現象は、成長が無償の労働による贈り物だいう点も明らかにします。というのは、利潤は企業の拡大と経済の成長に使われますから、賃金不払いによる利潤追求は、まさに成長のための成長を支える成長の原資が労働者たちの無償の労働にある点を公開するのだからです。しかも個々の労働者の孤立した労働ではなく結合した労働が成長の元手なのです。成長は労働者たちの共同の産物です。
成長はみんなのものです。しかしそれがみんなのものになっていない。ミート社の牛挽肉偽装も同じですよね。社会的生産過程の一部なのに私有の内部に隠されていることが問題の大前提なのでした。
前資本主義の生産を規定する経済法則は、生産物を個々の具体的欲求を満たすために消費することです。これに対して、資本主義に息を吹き込む経済法則は、価値増殖のための生産です。貨幣のための貨幣の増大にとらわれた生産として、資本主義という時代は、無償の剰余労働を飛躍的に拡大します。この働きのなかに資本主義の意味もあります。
賃金不払というあからさまな搾取が蔓延するには、それを推進する経済法則が存在しているのであり、この長時間労働への圧力も、「市場原理主義」が自然環境や、人権や、民主主義と衝突するという現代の限界問題の1つとして考えること。それが、現代の全体像をつかむことにつながるんじゃないでしょうか。
by kamiyam_y
| 2007-06-25 19:20
| 民主主義と日本社会