さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

権力とマスコミとの癒着を切開する市民の権利

先週の「北海道はこれでいいのか!『道政・道警・裏金報道』を考える集い」ですけど、自分で参加を呼びかけておきながら、行くことができませんでした。yuruyerekさんから頂いたTB(青い空緑の森青い海)で知ったのですが、オーマイニュースにこのシンポのようすを伝える記事がアップされています。ご覧下さい。

OhmyNews:「身ぎれいでなければ、権力の疑惑追及は不可能」

読んでみると盛りあがったみたいで、面白そうです。行きたかったです。

メディアがなぜ警察・検察に対して自由な報道によってチェック機能を果すことができず、逆に御用機関になってしまうのか、考えるうえでも参考になることが語られています。裏金報道はこういう癒着の伝統を突き抜けた一歩です。

魚住昭が「地方紙と警察の間には癒着の長い歴史があり、道新の裏金報道は僕らの常識ではありえない“奇跡”だった」と語り、宮崎学が「道新取材班による裏金報道は実験的で、かなり踏み込んだものだった。他のメディアの見本でもあり、大いに伸びて行ってほしいと思っていた」と述べているとおり、道新記者が道警裏金問題を報道しつづけたことは、国家権力の地域的姿態と地域的新聞との癒着を切開する貴重な試みであったはず。

取材班のそうした試みに対して、道新幹部と警察との「手打ち」路線。当然シンポの話題はこの件にもおよんでいます。宮崎のコメントに「そんなマスコミ(道新)と警察(道警)の関係は、言論の自由を最も脅かすものだ」とありますが、企業体、資本としてのマスメディアが権力と癒合して自由な言論を侵食するのは、一種の危機と言わねばなりません。

偽造書類作成によって予算を裏金化して貯め込み流用するという権力の組織犯罪を追求することは、納税者であり主権者である市民の権利。こうした追求を封じてしまう癒着システムを超出する試みは、市民の権利を具体化することでもあります。

なお、元道警の斉藤邦雄さんによる報告もあります。市民オンブズマン 事務局日誌 : 2006/10/29 北海道はこれでいいのか!「道政・道警・裏金報道」を考える集い

宮崎学のサイトにも記事があります。宮崎学 miyazakimanabu.com: 「北海道はこれでいいのか!『道政・道警・裏金報道』を考える集い」レポート
by kamiyam_y | 2006-11-06 01:07 | 民主主義と日本社会 | Trackback | Comments(0)
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