さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

修繕費と敷金

通常損耗の修繕費を敷金から引いてはならない

「敷金返還訴訟:生活の汚れ「家主負担」 「契約書に明記必要」--最高裁初判断

 賃貸住宅の賃借人は、通常の生活で生じた汚れや破損(通常損耗)の修繕費を負担する義務があるかが争われた訴訟で、最高裁第2小法廷(中川了滋裁判長)は16日、契約書に明記するなどしない限り、通常損耗分を賃借人が負担する義務はないとの初判断を示した。そのうえで、不明確な記述に基づき、敷金から通常損耗分を差し引いた家主の大阪府住宅供給公社に返還する義務があると認定し、返還額を特定するために審理を大阪高裁に差し戻した。……[中略:引用者]……国土交通省のガイドラインやモデル契約書は、通常損耗の修繕費用は家主側が負担するとしているが、法的拘束力がない。【木戸哲】

毎日新聞 2005年12月16日 東京夕刊

           (MSNニュース)

             

賃貸住宅を利用する多くの市民にとってよい判断である。賃貸人が入居者から担保として預かる「敷金」は、通常の損耗なら差し引かれずに退去時に返還されるべきなのだが、そうされないためにトラブルが発生している現状に対してまっとうな判断を示したと思う。

敷金トラブルに関するサイトは多いが、バブルの問題が「特約」による敷金取り上げの背景にあるよう(みなとみらい司法書士事務所敷金返還手続き)。
 
なお、ガイドラインは、国交省住宅局のページから入手できる。

大阪府の「公社」が民間の素人賃貸人や悪徳業者と同じことをしていたのだろうか。疑問ではある。

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『資本論』は、資本の回転における固定資本(機械など)について論じている箇所で、日本の賃貸住宅の敷金をもちろん直接想定しているわけではないが、労働手段が労働者の労働によって維持される点を述べている。

「固定資本はその手入れのために積極的な労働投下をも必要とする。機械はとぎどき掃除しなければならない」(『資本論』岡崎訳、S.173)。
「この労働では機械は生産能因ではなくて原料である。この労働に投ぜられる資本は、生産物の源泉になる本来の労働過程にはいるのではないが、流動資本に属する。……この労働に投ぜられる資本は、流動資本のうちの、一般的な雑費の支弁にあてられて年間の平均計算によって価値生産物に割り当てられるべき部分に、属する。前に見たように、本来の工業ではこの掃除労働は労働者たちによって休息時間中に無償で行なわれるのであって、それだからこそまたしばしば生産過程そのもので行なわれ、そこではこの労働がたいていの災害の根源になるのである。この労働は生産物の価格では計算にはいらない。そのかぎりでは、消費者はこの労働を無償で受け取るのである」(S. 174)。


機械の維持には労働が必要であり、それは機械を対象とする労働であって、資本が投下されるなら流動資本に属するということができる。この労働は、しばしば労働者によって無償で行われるというのである。

敷衍すれば、住居は借りた側が住むことによって毀損されることなく維持される。そうであるならば、正常に、標準的に使用して標準的に汚れるとしても、その損耗は、その使用による維持作用によって相殺されていると考えることができるだろう。

「資本家はこうして自分の機械の維持費をただですますことになる。労働者が自分白身で支払うのであって、このことは資本の自己維持の神秘の一つをなしているのであるが、このような自己維持の神秘は、事実からすれば、機械にたいする労働者の法律的要求権を形成して労働者をブルジョア的な法的見地からさえも機械の共同所有者にするのである。とはいえ、たとえば機関車の場合のように、機械を掃除するためにはそれを生産過程から引き離すことが必要であり、したがって掃除が知らぬまにすんでしまうことができないようないろいろな生産部門では、この維持労働は経常費のなかに数えられ、したがって流動資本の要素として数えられる」(S. 174)。


労働者は機械維持費用を対価なしに負担している。つまり、労働者が無償で、対価なしに自分の労働を資本家に提供している。このことは、剰余価値の生産と等しく、資本家の所有物を労働者の所有物に潜在的に変換していくことを意味する。あるいは、労働力の結合がもたらす効果に資本家は支払っていないことを想起してもよい。

これまた敷衍すれば、住居は借りた側の生活によって維持され、彼等は住居の所有者である。商品交換の所有法則に従っても、借りるという行為は買うことと同様に所有権の再編である。住宅の貸し手は借り手の住まいに勝手に入ることは許されない。人に貸した自転車を自分のものだからと勝手に乗ることは泥棒と同じである。

掃除のような継続的な維持費用とは別に、故障に対する修理・修繕もある。この故障は機械の生命期間の間に偶然的突発的に生じ、これに対する修理労働も追加されねばならない。この追加支出は機械の平均寿命に平均的に配分されて価格に付加される(S. 175)。

生産資本として用いられる機械を論じるついでではあるが、マルクスはイギリスにおける家屋の賃貸契約について言及している。

立法は、時間や自然力の影響や正常な使用そのものによってひき起こされる正常な損耗と、家屋の標準的寿命と標準的利用の期間中の手入れのためにときどき必要になる臨時の修理との区別を認めてきた。通例、前者は所有者の負担になり、後者は賃借人の負担になる。修理はさらに平常の修理と根本的な修理とに区別される。後者は現物形態での固定資本の部分的更新であって、反対のことが契約に明言されていないかぎり、やはり所有者の負担になる。
 たとえばイギリスの法律によれば次のようになっている。
 「賃借人は、年々、根本的な修理をしないでもできるかぎりで建物を風雨に耐えられるように保存し、また一般に、普通の修理と呼べるような修理だけを配慮する義務を負うだけでよい。またこの点でも、賃借人が建物を受け取った当時のその建物の当該部分の年齢と一般的な状態とが考慮されなければならない。なぜならば、古い損耗した材料を新しい材料と取り替えることも、時間の経過および通例の使用から生ずる不可避な減価を補償することも、賃借人の義務ではないからである。」(ホールズワース『地主・借地人法』、90、91ページ。)


素材の物理的変化、正常な使用に伴う損耗は固定資本の当然の現物形態の損耗である。根本的な修理は部分的な更新なのでその所有者の負担になる。畳やふすまは日本の住居において比較的短期間に損耗する部分であろう。ちなみにマルクスは、災害時の保険が剰余価値からの控除をなすことを引用箇所に続いて述べている。

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国交省で思い出したが、スポーツ紙『日刊サッポロ』12月23日号(22日発行)に「元国交相キャリア自民党代議士が衝撃発言」という記事があった。記事の性格によく分らない点があるのだが、とりあえず中身だけ信用して気になった点を紹介しておくと、元国交相の官僚であった井上信治代議士が、設計図は正しくても施行は手抜きの物件が多く、建築基準法では完了検査に罰則がないため、この検査の実施率は6割、と述べているそうである。

しかも議員の警告によれば、「既存不適格といい、建築当時の法律に適合していれば違法建築とは見なされない」のだという。

建築したときの法律に従って合法的ならばよいというだけでこの問題は済ませてよいのだろうか。常に最新の基準によって全ての建築を公的機関が検査し、その情報を公開すべきではないだろうか。不適格物件が膨大に出現することになるが、最も信用すべき基準を浸透させるのが筋であろう。
by kamiyam_y | 2005-12-25 18:17 | 消費者の権利と社会的労働