さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

白紙委任ではない 3

TBから。

stochinaiさんの記事おもしろかったです。淡々と語られていますが、有権者の行動は本当に自分の意志によるのか?という深い問題です。宿主の行動を支配する寄生虫(小泉さんは選挙民の行動を支配したのか) :5号館のつぶやき


なぜ自民党は敗北したのか?
: ◆木偶の妄言◆

北海道でなぜ自民党が敗北したのか意見を求めています。
TBがたくさん集まっていて参考になります。

解散については、恫喝解散は、憲法典の欠缺の利用か
を書くとき調べ、どう考えても違憲だよな、という感想を持ったのですが、

nqk52550さんからのトラックバックで「解散違憲」訴訟がおこされたことを知りました。「郵政解散は違憲」 選挙無効求め提訴
:釈の記録

dketさんの記事、
選挙の効力に異議がある選挙人は・・・:とくらBlog 
が解散違憲論を紹介しています。やはり正しい議論がブログから発信されています。

この問題について、付け足しです。自分のエントリーに対するコメントでもあります。

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第7条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
1.憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
2.国会を召集すること。
3.衆議院を解散すること。
4.国会議員の総選挙の施行を公示すること。
5.国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
6.大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
7.栄典を授与すること。
8.批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
9.外国の大使及び公使を接受すること。
10.儀式を行ふこと。
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第69条 内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、10日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。
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これが憲法の規定です。解散=国会の自立解散論もあるくらいで、どう読んでも無限定な解散権を首相が持つとは読めません。  

ここに並べられた天皇の行為には、もちろん天皇独自の実質的政治権、政治的意思はあってはならず、単なる「象徴」による形式にすぎません。

中学校の社会科の教科書では、解散とは、不信任決議に対する解散であると書いてあるはず。

しかも、衆議院の解散は受け身の文章で、衆議院が自分たちで解散するとも読めます。不信任決議を可決したのに内閣が辞職しないなら、議会が自ら解散してやろうではないか、とも読めます。

当然のことながら、今回のような解散を、曇りなき正統な権限の行使として支持するような学説はありません。

解散は、小泉さんの心意気といったくだらない精神論の問題に解消すべきものではなく、全くの税金の無駄遣いであり、資源の浪費であり、社会的正統性というリソースに裏付けられない執行権の肥大です。

まあ、自己相対化できない薄っぺらな信念とやらへの共感で脳みそをいっぱいにしてしまい、本質的な問題から目をそらす人たちには、何を言っても無駄でしょうけどね。

三権分立の理念は、立法権(立法権力)の絶対的優越性と司法権(司法権力)の独立性という原則にあります。ちょっと私とは立場はちがいますが、滝村隆一という人がたしか三権分立はただの相互チェックじゃないんだ、と昔言ってましたが。

執行権(執行権力)の自立化は、人民による国家権力のコントロールという近代の理念を空洞化する現象でしかありません。立法権に制御されず、司法権に制御されない執行権力の存在は、人民による国家権力のコントロールという「市民革命」の理念からの逆行です。

現代企業では株主民主主義が崩壊し「経営者支配」現象があらわれます。

同じように、国家においても立法府の空洞化と行政国家、警察国家、官僚国家といった執行権の独立化がおきます。

ただし、企業のばあいは、経営者権力を民主主義によって正当化するシステムは、世界のどこにも存在していません。社会的生産総体を民主主義が包摂するシステムは、現在の人類の段階では存在していません。

それに比べると、国家権力の民主主義的形態そのものは、その一歩手前の課題として、一応はクリアされた問題。経済活動の自由、私的経済の存立は、国家の封建的生産からの解放としてなりたったので。

いまやまた、それが問題化するのも、経済システム全体の維持、グローバルな連関の維持という公共的なものへの対応によって、国家権力の機動性という形で、執行権が民主主義と衝突しているのです。たぶん。

三権分立の理念が批判の拠点でしょう。形の上では人類史的に解決済みの、すでに主権在民としてシステム化した枠組みを、徹するということ。ここに現代的課題があります。政治的民主主義は徹することで現代に展開する。

とすれば、やっぱり小泉自爆テロ解散批判は、大きな現代的な文脈にあるわけです。

司法権についてみても、誰もが知っているように日本の司法権は、上に行くほど執行権に従属しています。憲法の原則を否定する「企業献金」でさえ、最高裁が破廉恥な形で合法化している(「八幡製鉄事件」)というように。

裁判所は、行政に対して独立した判断を出すことにびびりまくているのか、あほなのか。洗脳されているのか。

この点、人工国家アメリカ合衆国の歴史において、先住民の所有権や奴隷制度といった問題が司法の場を舞台として政治問題化してきた(阿川尚之『憲法で読むアメリカ史」』PHP新書)のとは、対照的にみえます。

憲法は三権分立の理念の制度化をふくんでおり、解散権行使のような統治行為は、憲法の規定に明快かつ絶対的に依拠するべきです。それが法治国家としてまともな在り方です。

憲法への宣誓をするどころか、下僕であるはずなのに憲法の原理を絶対的な基準とせず、抜け道を探ろうとするような姑息な人物が首相として喝采を浴びる。変です。

執行権の私物化に対してなにも思わない人が多い現状をかえることこそ、真の「改革」かと。そうでない「改革」は実質的に何がもたらされようとも常に正統性に疵を伴い、大衆に学習させず、大衆の知的・人間的水準を上げません。

たしか宮台真司が「人民からの国家権力への命令」というような言い方をしていたかと思います(奥平康弘・宮台真司 『憲法対論―転換期を生きぬく力』 平凡社新書)が、近代憲法は、人民を主体とする共同体の統治形態です。国家権力への国民からの絶対的命令です。

拡大解釈によって解散権を振りかざすのは、法治国家原則の空洞化であって、執行権の恣意的拡大であり、事実上ファシズムと同質な領域に一歩足を踏み入れています。

首相が民意などという愚かな言説が流通していますけれど、何なんでしょうね?

首相が民意で、参議院はそれにしたがわないから良識の府ではないなどという驚くべき倒錯が平気で語られたりしてますが。

執行権に対して、無媒介に全体意思の実在を想定するのは、専制への屈服にすぎません。

それに、小泉は立法権に対しては、執行権を表わすが、その実体は官僚制なのですよ。小泉を官僚制から自由な英雄とみなす人には、呆れてものも言う気がしません。

この点、堺屋太一は『月刊現代』10月号で、「官僚主導政権の罪悪」をきちんと指摘しています(「『黄金の10年』へのラストチャンスを逃すな」)。官僚による大臣追い落とし(真紀子!)、官僚に大臣のポストを与えること、など、自民党や国会からの自由は官僚支配と同義です。堺屋は、解散についても、通りにくい法案を通すときは総理が自分が辞めると宣言することはあっても、衆議院を解散するとは言わなかったと述べています。

「参議院で通らなかったら衆議院を解散」した唯一の例が、戦前の大政翼賛会をつくった近衛文麿。「国家総動員法」を通した彼は「国民的人気」と「異常なほどの改革意識」の持ち主。堺屋はこのことを記していました。「改革」なんて言葉に酔わない人の言葉は保守主義者であろうと参考になりますな。今さらですけど、『現代』10月号の総選挙特集、森永卓郎、岩瀬達也などなかなか面白い論考あります。もちろんNHK改変問題へのつっこみもいいですよ。

それから、得票率。選挙制度のバイアスを介さないで、民意を得票率において確認すれば、郵政法案反対が過半数になります。バカどもめ。

ついでに、地域利害の調整から都市型の選挙になったというような言い回しも流行っているようですね。たしかに憲法上国会議員は町やら地域企業の代表ではありません。しかし実態として地域間調整を全体レベルでおこなうこと自体は合理性があります。

つまり地域密着の資金収集機械が不要なら、それこそ小選挙区などという票の詐欺はやめて、全国一区にすればいいのです。都市型云々で止めずにもっと自由にものを考えましょう。

要するに、小泉が民意などという民意は表象された民意、空想された民意にすぎません。

拡大解釈による解散権の乱用に対する批判が今回あまり提起されていないこと自体が、社会契約の未定着を示しているように思えます。事実上のファシズムの領域に権力の支援装置が入り込んでいるのではないか。少なくとも、今回のような暴力的な解散が強行されてしまう事態こそが、この社会風土の、法意識の低さ、憲法意識の低さを示していることはたしか。
民主主義にもとづく正統性を、社会システムの要として理解できない人が多いのでしょう。

憲法のグレーゾーンを利用しても小泉の責任ではないなどと主張する太鼓持ちもいますが、そんなこというヤツは、死んだほうがいいのではなかろうか。保守主義者ですら大好きな「自由と民主主義」は、法の厳格性、客観性、画一性を大前提とするのであって、憲法典に明確な規定のないインチキな解散が定着している日本の現状が、おかしいのです。それを何とも思わない感性こそファシズムの温床です。
誰のための「自由と民主主義」かという論議をする以前の水準の話です。

国家権力による人権侵害に鈍感な感性も、同じ感性です。

グレーゾーンを最大限利用する恣意的な行為は、お上の放埒を放置します。

私は、小泉に対しても、石原に対しても、国民に直接語るスタイルがすばらしいなどとほめることは死んでもしません。それだけなら排外主義的劣情を吸引するファシストの常套手段だからです。事実上のファシズムの感性の広がりだからです。

外国人に対する差別発言を繰り返す人物が都知事だなんて、都民の民度の低さを示すだけのこと。反吐が出そうです。靖国参拝だって同じです。そんないずれ消滅する腐敗物を取り上げる意味もないのでもう書きませんけど。

「改革」はファシストのセリフ。
by kamiyam_y | 2005-09-16 23:58 | 民主主義と日本社会 | Trackback(2) | Comments(3)
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Tracked from 釈の記録 at 2005-09-17 13:26
タイトル : 小泉・郵政法案を再び否決せよ!!
 2005年8月8日、参議院で小泉・郵政法案が否決され、衆議院が解散された。      第五十九条 法律案は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、両議院で可決したとき法律となる。  2 衆議院で可決し、参議院でこれと異なつた議決をした法律案は、衆議院で出席議員の三分の二以上の多数で再び可決したときは、法律となる。  3 前項の規定は、法律の定めるところにより、衆議院が、両議院の協議会を開くこを妨げない。  4 参議院が、衆議院の可決した法律案を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて六十...... more
Tracked from 法用語辞典100 at 2005-10-11 20:25
タイトル : 行政国家
行政国家行政国家(ぎょうせいこっか)とは、政府が社会の秩序維持にとどまらず、一定の理念の実現を目指して国民の生活、経済活動の在り方に積極的に介入しようとする国家をいう。主として行政学の分野で用いられる用語であり、積極国家・福祉国家ともいう。立法国家、消極国家、夜警国家と対比される。.wikilis{...... more
Commented by なすび at 2005-09-17 07:05 x
モノも言いたくない、っておこっちゃだめでしょ。小泉を支持してる人が、半分もいない、ってことは、希望よ。
Commented by stochinai at 2005-09-17 16:34
 こんにちは、5号館です。過分な評価をいただき、ありがとうございました。
 今度の解散に関しては、序盤戦の頃にどなかたかおっしゃっていた「クーデター説」はかなり当たっていたのではないかというのが、最近私の頭の中をぐるぐる回っている言葉です。学問的にはどうなのか良くわからないのですが、憲法を無視した行動ということならばクーデターという定義もあながち間違いではないということでしょうか。敵が激しい言葉を使っているのですから、こちらも激しい言葉で非難してもいいかな、とも思います。
Commented by kamiyam_y at 2005-09-18 00:17
なすびさん、5号館さん、コメントありがとうございます。

> なすびさん
この問題ではいつも刺激的な言葉をつかってしまうのですけれど、そうかあ、希望ですね・・・小選挙区によって、自民支持者も驚くくらいの結果になったわけですから、得票率をみて安心はしているんですがね。しかも、小泉支持は、郵政民営化イエスかノーかいえ、という誘導尋問にひっかかった人も多いでしょう。社会保障や税金がテーマならさらにちがった結果になるはずでしょうし。

> 5号館さん
自民党が「クーデター」を推進したと事件であったと、冷静に考えてもいえそうです。今回の解散を100%違憲だと納得させることは難しいですけれど、今回の解散を100%正当化しきれる論理もまたないはずです。少なくとも憲法無視の異例の解散劇に「クーデター」という言葉をもって批判することは、「刺客」や「抵抗勢力」といったレッテルよりもはるかに真実に近いのではないか、とおもいます。