さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

国家と市場。ケインズ主義的・国家独占資本主義的国家と新自由主義的国家

金曜デモの拡がりはめざましい。札幌の参加者にも様子を聞きました。北海学園関係者では本田さんがマイクを持ったそう。

政党でも旅行代理店でも何でも、各地の金曜デモに参加するツアーを組んだら面白いのに。

本題。エコロジカルフットプリントという考えがあります。

ウィキ

廃棄物の浄化と資源再生に要する面積が、すでに実際の地球の面積を超えているという話。

何が興味深いのかっていうと、資本のシステムが環境と両立しない点をイメージできること。

地球という私たちの根源的生存条件を維持するためには価値増殖のための価値増殖に進歩を委ねた疎外と孤立のシステムを止揚せい、ということを感覚的に示す一つの表示です。

環境維持の責任はとりあえず資本主義的国民国家にあったわけですが、この力はすでに資本の前にボロボロです。

20世紀の資本の国家を大恐慌に対して一般化した経済介入国家のように表象してみましょう。

と、これの中心って、私的資本の利潤低下に対して国家が経済活動によって肩代りして恐慌を先送りする方策ですね。 相対的過剰人口(不安定雇用・半失業・失業)という労働力価格押さえ込みと労働者の反抗を押さえる資本の生存条件を維持し、労働力再生産・供給という資本の生活条件を確保する、という福祉国家の裏の意味もありますけど。

先進資本主義システムが戦後高度成長を果すなかでのこの国家に対して、私的資本(民間企業総体)の振舞は、労働者を搾取しながら、かつ自分の利益を促進する国家にも価値を振り向ける、というものかな。成長、利潤蓄積によって税収が増えれば、国家による肩代りという方策が機能します。ビルトインスタビライザーの中身はこういうことでしょうね。

しかしながら、高成長によって大工業が普及して社会の実体的な土台が形成されれば、利潤率は低下するほかありません。

安価な労働力を求める海外直接投資の展開がすすむわけですが、これまた産業空洞化をすすめてしまう。

かくして私的資本の振舞は、国家に依存しない実体・公共物を自認して、自信ありげにあるいは余裕なく、税を納めず労働者を搾取するという精神に劇的に転換。この経済的内容の転換こそが国家の新自由主義的編成替えにほかならない、ようにおもえます。

ところが、資本主義的グローバリゼーション・新自由主義は、社会保障等を危機に陥れるがゆえに、一本立ちできる正当性根拠をもつことができません。持続可能ではないことがあらわです。

同時に、一国ケインズ主義は資本の矛盾を解消できず、新自由主義に転換しまた陰でそれを支えた自分自身を批判することに。ケインズ主義の破綻はそのまま新自由主義の破綻ですし、その逆もまたそう。

社会保障という人権と対立して、人々の幸福を支えずして、何のための経済なのか。おふざけでないよ。経済のための人間でなく、人間のための経済じゃないか。口先だけ、建前だけでなく、真に人間個人個人のための社会経済へ。あらためてわれわれは覚醒せざるを得ない。

地球環境問題は、個々の産業やどこかの企業の問題ではなく、地球資本主義を全面的に制御することを求めています。労働問題もまた、資本のシステムの根源を批判しつづける問題。グローバリゼーションの展開は、局限された共同体的なものとの摩擦によって、あるいは大工業・科学を用いた戦争等々によって、逆説的に人権の発展を国際的に課題とします。資本の経済国家・一国ケインズ主義の破綻、および、世界市場の資本・新自由主義の破綻は、資本主義という現在自己を解体しつつあるシステムの表現としてこのシステムの限界を露呈し、国際主義的/地域的/人権主義的な解決をこれらの破綻を乗り越えるものとしてますます必然化していくにちがいありません。
by kamiyam_y | 2012-07-23 04:03 | 現代グローバリゼーション