さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

「認識の甘さ」

昨日の昼テレビで枝野君の会見見てました。

東日本大震災:福島第1原発20キロ圏外「計画区域」 5市町村、1カ月内に避難要請 - 毎日jp(毎日新聞)

〔略〕政府は11日、福島第1原発から半径20キロ圏外で放射線の累積線量が年間20ミリシーベルトに達する恐れのある福島県内の5市町村について全域もしくは一部を「計画的避難区域」に指定すると発表した。〔略〕【影山哲也】


ようやく一歩動きつつあるというべきか。累積線量を計算に入れないまやかしや、同心円の機械的な避難エリア設定を批判する声は早くからあったのに。
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『毎日新聞』の5日の社説では内部被曝も考慮すべきことが述べられてました。
社説:放射線監視 透明性と体制の強化を - 毎日jp(毎日新聞)

『毎日新聞』WEB版を見て発見。図だけまとめたもの。
福島原発 図説集 - 毎日jp(毎日新聞)

「経済産業省原子力安全・保安院の寺坂信昭院長」が謝罪したらしい。

原発事故集中審議
吉井議員質問/保安院長「認識甘く深く反省」 経産相「(「想定外」は)使うべきでない」
- しんぶん赤旗

「現実に、指摘のような事態が発生した。当時の認識に甘さがあったことは深く反省している」と。

資本がもたらした災害がとてつもなく大きいのは、社会による自然諸力の破滅的利用であるがゆえにです。

この社会的生産の力の破滅的実現の歴史には、もちろん米国資本の原発輸出や原発利権ムラの形成が、最近では脱原発の旗を降ろして原発輸出を成長依存経済の柱にしようとした民主党の堕落などがあったわけですが、直接には東電という1企業の責任であり、この企業に国策的に関わった政府の責任です。この謝罪においては、東電資本という仮面をつけた社会的生産力を管理すべき政府の責任が政府の「認識の甘さ」として寺坂個人の口から公式に語られたといってもいいかもしれません。

生産の社会的力は政府組織をその媒介・制約の姿とし、政府組織というこの社会関係のなかで個人の「認識の甘さ」は政府の「認識の甘さ」として妥当しています。政官財学の利権ムラが命と安全よりも利権的成長を優先してきたという無責任体制がこの「甘さ」に帰結したにちがいない。

寺坂個人が物理的に放射能をもたらすわけではなく、もたらしたのは生産の社会的力の破滅的な実現です。むろん、生産の資本主義的破滅的発展をこのように指摘することは、この破滅性が浸透した東電と政府に直接の責任があることを否定するものではなく、逆なのですが。

福島原発事故、最悪のレベル7 チェルノブイリと並ぶ (共同通信) - エキサイトニュース

10日間で放射性物質を飛散させたチェルノブイリに対して、フクシマはすでに人類が経験したことのない長期間の放射性物質拡散を続けています。

放射能汚染水の海洋放出が技術立国神話を崩壊させ(「新聞紙」!)、国際社会における日本政府の評価をさらに下落させたことはいうまでもなく、それに加えて強調すべきは、事故を通じて日本社会の後進性もまた暴露されてるってことじゃないでしょうか。科学技術という環境は社会という環境のなかでの技術であり、そのありかたは当該社会を反映してるのですから。

何よりも、大気と海洋に放射性物質を放出し続けている東電と政府は、人類と世界に対して巨大な罪を犯しているというべきであり、地球と人類社会に対して責任を負わねばなりません(といっても東電と政府が及す害の大きさ、東電・政府が負うべき責任の大きさが福島県でも地球の反対側でも同じだといっているわけではありません。念のため)。
by kamiyam_y | 2011-04-12 18:00 | 企業の力と労働する諸個人