さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

連帯の絆を

情報の正確かつ迅速な公開。これこそが決定的に重要な課題として自覚されています。『日経』の17日の社説も「政府や東京電力の情報収集や提供も要領を得ず〔中略〕混乱が広がっている」と冒頭で述べていました。公権力の情報公開はいうまでもなく企業が内部で集めた情報を社会に発信することが今生死を分ける問題として切実に要求されているのです。情報公開の要求として自覚されている事柄の中身は、より立ち入って捉えれば、私的形式の生産体が内部情報を開示しなければならないということ、私的資本が内部の情報を社会的なものとして公開しなければならないという現実自身の要請であり、現代システムの運動様式、矛盾にほかならないといえましょう。

正確な情報の共有を求める声はいまや国際的に拡がっています。報道によれば、IAEA(国際原子力機関)の天野之弥事務局長が18日経済産業大臣に伝えたとして「国際社会は連携して取り組むべきだとの提案が多くの国からある。各国はもっと詳しい情報を欲しいとも言っている」と伝えたそうです。

首相「原発情報を全世界へ開示」 IAEAの天野事務局長に - 47NEWS(よんななニュース)

危機に対して行動しようとしている国際社会が情報の滞留によって焦燥感を抱かされているのですね。

現代システムの私的・排他的分断が、事態の協同的解決に対する妨げとして鋭く露出していると思われます。私的諸資本としての私的所有・私的生産という孤立と排除、あるいは排除という疎外された統一、これはまさに現代システムを形成し存立させる運動なのですが、これが危機解決のための社会的聯繋の裏に蠢く私的諸利害の衝突となり連絡を断ち切る亀裂として現れています。現代システムの不安定で流動的な有り様そのものが人々の連帯を遮っている、私的・排他的存在への不断の分解と分裂において生産を社会的生産に転じ社会を存立させる現代社会の存在の仕方そのものが、諸個人の協同的行動を抑圧する力に転じているのではないでしょうか。

徹底されるべきは、社会的なものを社会的にふさわしい形で管理していくこと、諸個人の協同の形態化でしょう。私的に分断された組織の幹部の裁量に事態を委ねるべきないことは、現在誰の目にも明らかです。ましてや東電の社会的管理能力、事故の解決を担当する社会的能力に欠落があることは疑えないのですから。東電と政府との責任の押し付け合いとみえる混迷に多くの人々がおそらく感じとっているのは、現在の社会的危機・緊急事態を社会的に超克していく取組みを私的組織の偶然的な能力に放置するべきではないことにちがいありません。

電力供給事業は企業の形をとっても、その中身は社会的生産過程の社会的機械設備における協業であり、この社会的設備は、個々の労働手段の作動に遍く活力を与え、労働対象に変化をもたらし、個人の直接的な生活の生産において消費・享受される生活手段(消費手段)に息を吹き込みます。同時に、そこに実現する自然諸法則の利用、自然諸力は広範囲に及ぶ深刻な自然破壊・人間破壊をもたらしうるものです。電力会社の政策は必ず国民(人民)的政策でなければなりません。

公的機関および民間諸組織を深く広く連結で結び、専門家をはじめとする諸個人の叡智を国境を越えて集め、情報を分けあい、事態の打開に向け鼓舞しあい、連帯を呼びかけあい、連帯の絆を緩めることなく力を合わせていくこと、人間の本質諸力の発揮しうるすべてを困難の突破のために発揮していくことが私たちの急務です。先の『日経』17日社説にも「内外の知恵と人員、機材を総動員し、一刻も早く事態を鎮静しなければならない」とありました。

この社説がまた米政府の支援チームやGEによる電源車提供の表明に関して「危機を乗り切るため支援受け入れをためらうべきではない」と主張するのもまっとうであろうと判断します。仮に何らかの思惑のために機会を利用する利己主義が隠れていようとも、国際的支援の力が不可欠であることは言うを俟ちません。世界的労働の諸力を、被災地の一人一人のために最大限に発現することが求められているのです。多国籍の軍事的諸力もまた社会的労働の生産諸力の一存在形態なのであり、この部分を人間の生存の危機を打開するために転用することに躊躇は不要なはず。被災した人民のために諸力を結集することは民主社会における生産諸力の共同的管理の一形態ともいえます。東電の最前線の労働者をはじめとする労働者階級の無名の一員の、(こういう言葉を用いるとすれば)英雄的な、気高い献身を最大限に活かし、あらゆる力を集結して危機の回避、救出、救援を遂行していくためには、「透明性」「公開性」が原則として徹底され、内外の諸組織が有機的に結びあっていかねばなりません。

内外の諸組織が聯繫しあい、救助活動、被災者支援、復旧活動に、可能な限りの物質的手段と人々の生きた活動とを投入し、被災して苦しいなかで支えあう人々に、医薬品、食料、寝具、衣類、住居などの物資と、医療をはじめとする活動・サービスを集中していくことを望んで止みません。市場は社会的生産過程へと融合した生産過程であり分配の装置ですから、これをうまく規制しながら活用し物資とサービスが被災地に流れていく工夫や方略を私たちは見いだしていかねばならないように思えます。痛ましい事態にあっても分かちあう優しい人々の手元に彼等が求めるものが届くように、商業労働や運輸労働など様々の関連する労働がその社会性を充分に発揮できるように、また被災者のために人々がその高い倫理性を行動において発揮できるように、智慧を集めさらなる方策が進むことを願っています。

資本にもとづく生産がもたらす最大の成果は世界史的諸個人、すなわち人類である一人一人、生きた人類です。資本主義という外皮を剥ぎ取ればそこには人類としての諸個人が生成している。人類の協働の社会的生産過程が地球規模で人類自身のための土台として成立しつつあり、人々の意識もまた人類的なものへと陶冶されていきます。

高嶋哲夫「一人ではない」(『日本経済新聞』3月18日12版32面)は、阪神・淡路大震災のとき「なにより心の支えになったのは、人との絆を感じたときだ。〔中略〕そしてそれは、今では世界的な広がりで伝わってくる」と述べ、ネット上に書き込まれた世界各地の人々のメッセージを紹介しています。高嶋が「一番感動した言葉」として紹介している声がすばらしいのですが、どのようなものであるかは手に取る機会があったら読んでみてください。

被災地の無数の無念の思い、呻きと声にならない叫び、同じ時を過した大切な人との予期せぬ別離の落涙と悲嘆、苦しみのなかでの分かちあい、無数の助けあい、無数の励ましあい、そして無数の慟哭。これらに呼応して世界のいたるところで悲しみが共有され、世界の隅々に悲哀が運ばれ、数知れぬ願いと祈りが発せられ、連帯の絆が結ばれ、励ましの声が響き合い木霊していく。

惨劇の中にも、人々の希望を、人々の絆を、愛という人間本性を見いだす。そんな思いがします。
by kamiyam_y | 2011-03-20 18:47 | 企業の力と労働する諸個人