さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する

資本主義によって私有財産制はおしまい

えっ?資本主義経済って、みんなで私有財産をもって自由競争することでできてるんじゃないの?

あらためて、考えてみましょう。資本主義社会の特徴って何でしょう?
高校の政治経済の教科書なんかですと、「生産手段の私有財産制度」と「利潤追求」なんて書いてあったりします。

でも、「現代」をつかむときにはこれではたりません。もちろん、この2つの特徴はなくなりません。
しかし同時に、資本主義社会がすすむということは、それが、「生産手段の私有財産制度」と「利潤追求」という自分の特徴を否定していくことでもあります。利潤追求のためには私有財産がじゃまになる。利潤追求が人間にとってじゃまになる。ここに「現代」の舞台があります。

私有財産という城塞のなかから大資本家が、間接的に国家に影響を与え、社会を統制している。そんな私有財産図式も、私有財産をもつ原子論的個人の予定調和も、現代をとらえられません。

利潤追求が事実上いらなくなることは、成長主義の限界や、情報化や、成長の終焉がしめすはず。私有財産制度が事実上は終ってしまうこと、これもありとあらゆるところで出てきます。株主総会の形骸化など「会社」の問題もこういう文脈のなかでおきてきます。

ソフトバンク系がフジの筆頭株主になって、ライブドアの買収攻勢に対抗しているそうな。

Excite エキサイト : 経済ニュース [ 03月24日 21時55分 ] 共同通信

さて、ライブドア以外のニッポン放送の株主にとっては、フジに対する支配権がなくなっては、なんだかなあ~ということになる。
もともと、ニッポン放送はフジテレビの筆頭株主なのに、グループを統括しているのは実質フジ。こういうねじれにニッポン放送の株主は文句を言うべきだったし、このニッポン放送の株主としての権利を使おうとしたのがライブドアにすぎない。時間外取引も機関投資家が東証と結託してこそこそやっていたことにすぎない。

リーマン・ブラザーズが背後にいようがいまいが、日本の株式市場での外国人投資家の重みは増しているし、外資はけしからん、という政治家の反応も時代錯誤を露呈しただけだった。敵対的な買収を防ぐための規制を、という声もとても間抜けに聞こえる。

そして今回のこの手法も無限にインチキくさい。それだけではない。

貸株は空売りで使う手法として認知されてしまっているからと、仮にこのさき司法がこのフジのやりかたにお墨付きをつけることがあるとしても、である。やっぱり私有財産制をくつがえすという歴史の進歩はここでもかわらない。

結局このばあいでも、経営者が自分に友好的な株主に議決権を避難させただけだし、もっといえば、経営者の言うことを聞きそうな株主を経営者が選んでいるという倒錯だし(ソフトバンクが今度はフジを支配しようとすることもあるかもしれないが)、誰でも知っているのは、ライブドアを排除するためにとった手法だということだ。
個々の株主はやっぱり自分の意思を自分で表明できないペットのような存在で、株価があがればよころぶだろうと、経営者から配慮してもらう受動的な存在だ。株主どうし利害が衝突しあい、意思を否定しあう物象化された世界の住民におとされている。

ここでホリエモンがニッポン放送株を売ったら、「やっぱマネーゲーム」といわれるからそれはできない見方もあるだろうけど、最初からマネーゲームでしょう。ホリエモンが損をすれば誰かが得をする。他人の利益を積極的につぶすことが自分のためという万人の争いの世界、じかに富をつくるのではなくカネを移転させる世界なのだから。
by kamiyam_y | 2005-03-28 23:28 | 資本主義System(資本論) | Trackback | Comments(0)
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